第1話 転生勇者 仲間を金で雇う
「ほう……ここが“ボストロールの住んでる火山の洞窟”か」
夕暮れの山間。岩肌に開いた大穴の前で、転送勇者アレスは薄く笑みを浮かべた。
トロールたちは総勢二十体以上。火の呪符を握ったシャーマントロールも混じっている。
通常の冒険者なら、全滅してもおかしくない数だ。
だが、アレスの隣にいるのは、傭兵ギルドで金で雇った天才水属性魔法使い”リュミナ。
碧眼の少女は冷たい顔のまま、魔力を集中させていた。
「来たぞ、迎え撃つぞォォオオ!!」
トロールの一体が雄叫びをあげ、前衛が一斉に突撃してくる。
後衛のシャーマンが咆哮とともに火球を唱えた。
「フボォッ! 焼き尽くスゥ!!」
赤い魔力が集まり、空中に火の玉が浮かぶ――そのとき。
「水天の祝福を受けし我が水の精霊よ、清き流れとなりて万象を貫かん。現れよ、
《アクア・ジャベリン》」
リュミナの声とともに、上空から数十本の水の槍が降り注いだ。
鋼鉄をも貫く純水の質量が、火球を弾き飛ばし、トロールの群れに突き刺さる!
「ギャアアアアアッ!!」
「オレ、アツイ、アツイィイイ!!」
「ドコ! ワタシ、ドコォォ!!」
火を放ったはずのシャーマンが、逆に氷の蒸気に焼かれて悶絶。
戦場は水蒸気と血の臭いに包まれた。
崩れ落ちる巨体。吹き飛ぶ棍棒。水の槍が止む頃には、トロールの半数以上が地面に転がっていた。
アレスはトロールが苦しむ、その光景に目を見開き、狂喜していた。
「うっひゃあああああッ!! たまらん! これや!! これがこの世界や!!」
「ゲームの中で夢見た支配感、破壊感、こっちの命令ひとつで全部ぶっ壊れる!」
笑いながら、まだ息絶えていない一体のトロールに近づく。
そのトロールは、血を吐きながら、かすかに口を動かした。
「ホブ……ゴブリンの……“護”……がくる……う……」
アレスの笑みが止まった。
「また“護”かいな。オークのボスも同じこと言うておったな。なんや……みんなして、変な伝説でも信じとるんか?」
リュミナは、汚れたローブを払って淡々とした声で言った。
「依頼完了。報酬は予定通りでいい」
「あぁ……ええよ。お前はよう働いた。次も頼むぞ」
冷気と血の混ざる風が吹く中、アレスは洞窟を見上げ、口の端をつり上げた。
「“護”とやら……お前が、この最初のステージのボスってわけか」
彼の影が、沈む太陽に照らされて長く伸びていた。
その目は快楽に染まりつつも、どこか……ほんのわずかに虚ろだった。




