第2話 邂逅 ― 絶望の虹
風が鳴いていた。
山を登るたびに空はどす黒く染まり、やがて赤、紫、緑、青と――異常な色彩が雲に滲む。
「……ここが、奴の巣……か」
ホブゴブリンの俺――護は、地面に刻まれた巨大な足跡に手をかざした。
土に沈むほど深い。しかも温かい。
ついさっきまで、ここにいたということだ。
「は、はは……おかしいな……なんで俺、フライパン持ってんやろ……戦う気あったよな、俺……?」
口元を引きつらせながら呟くデフリー。
仲間内の料理担当でありながら、妙に前衛を志す変わり者だが――この場ではただの震える人間にしか見えなかった。
その隣で、氷のように冷たい声が割り込む。
「気を抜いたら殺されるわよ」
リザードマンの魔術師エイミー。
彼女の指先には既に《アクアジャベリン》の蒼光が宿り、殺意と防衛本能の狭間で揺れていた。
森を抜け、岩肌が神殿のように屹立する山頂へと至った瞬間――
天が、裂けた。
「グゥゥゥゥォオオオオオオアアアアァァァァァアアア!!!!!」
大気が振動し、大地が震えた。
七色の霧が吹き飛ばされ、眼前に広がる視界を覆うのは――
それだった。
虹色の鱗を纏い、山脈すら小枝のように見下ろす巨体。
翼を広げれば空は虹で染まり、その瞳は神をも裁く冷徹さで輝いていた。
《レインボードラゴン》。
神話に語られし竜。
その存在は、魔力そのものの凝縮であり、空間を歪める“生きた自然災害”だった。
「なんて大きさ……!」
「いや、大きいだけやない……。魔力が濃すぎて……生きた化石みたいや……」
言葉にするまでもない。
俺たちの野生は即座に答えを出していた。
勝てない。
刹那、地面に七色の光が奔り、山頂全体を覆い尽くした。
逃げようとした瞬間、虹色の柱が落ち、俺たちを囲む。
七色の檻。
視界の全てが彩に封じられ、退路は完全に絶たれた。
竜の瞳が、冷徹に俺たちを見下ろす。そこに宿るのは――ただの獣の本能ではない。
冷たい、命令。
人智を超えた《神の意思》だった。
俺は喉を詰まらせながらも、仲間に告げた。
「……これは、ただのボス戦やない……」
その言葉に仲間たちは誰も反論しなかった。
目指すは《彩光の霊峰》。
だが俺たちは、すでに絶望の虹に囚われていた。




