第4話 舞台は終幕ーロベールの舞
ローベルの瞳が、冷たく絞られた夜のように沈む。
薔薇の花びらが舞う中、その手に握られた細身のレイピアが、月光を一瞬たりとも許さぬ鋭い線となって宙を切った。
「見苦しい命は、舞踏の余興にしか過ぎないのよ……」
ローベルは囁くように笑い、刃を真っ直ぐに護たちへ向けた。
一閃ではない。
それは連続の閃光だった。レイピアの穂先が森の空気を裂き、数え切れぬ刺突の軌跡が幻想の網を描く。
「千本刺し」
ローベルの本気は、文字通り、速く、正確で、容赦なかった。
最初の一刺しがデフリーの肩を貫き、彼は大きく息を吸って膝を折る。だが肉体の痛みよりも、仲間が次々と倒れていく光景が重くのしかかる。
次の一閃でコニちゃんが空中でよろめき、火の魔力が逸れて地面を焦がす。エイミーの狙いは刃の軌道を外れたが、力を使い果たして崩れ落ちる。ティリスは矢を放つが、レイピアの稲妻のような動きが矢を弾く。護は轟音のような衝撃を受け、盾の腕がしびれる。
刃は人の動きを読む。まるで羅針盤のように仲間の呼吸と重心を捕らえ、淡々と、迅速に、破壊していく。
攻撃は血の描写を避けるように疼きだけを残して、仲間たちの体力と意志を削いだ。悲鳴はあったが、どれも短く切り詰められていく。
「くっ……!」
護は前に出ようとする。だがローベルの動線は既にその先を取っていた。細い刃先が護の前腕をかすめ、鋭い痛みが走る。反撃の間合いを奪われ、足元がふらつく。
仲間たちの呼吸は次第に浅くなり、体は震え、目は焦点を失っていく。デフリーは立ち上がろうとするが、膝がいうことをきかない。コニちゃんは口元を押さえ、そっと首を振る。エイミーは片手で槍を抱え、震える声で仲間の名を呼ぶが、返事は返ってこない。
ローベルはゆっくりと剣先を掲げ、舞踏家のように優雅に一礼する。
「これで、舞踏は終幕よ。観客の皆様、どうぞごゆっくり――」
だがその所作の裏にある冷徹さは変わらない。彼が放った千の刺突は、仲間たちを「再起不能」へと追い込んだ。骨折、筋肉の損傷、意識の深い揺らぎ——戦場での再起は、今は望めない。
護は四つん這いで仲間たちのもとへ這い寄る。胸の中に燃え上がるのは、怒りでも死の恐怖でもない、ただ、仲間を助けたいというあまりにも純粋な意志だった。だが、今の彼にできることは限られている。包帯も、魔力の余力も、ここではほとんど尽きている。
ローベルは一歩、また一歩と近づく。彼の影が護の上に長く伸び、冷たい声が耳元で囁く。
「次はアンタの番よ。さあ、踊りましょう、私の最後の舞に。」
護は唇を噛み締め、血の気の引いた仲間たちを見下ろした。絶望の縁に立たされたその瞬間、胸の奥で何かが固く決まる。再起不能と宣告された仲間たちを、たとえ全てを失ったとしても、護は立ち上がると心に誓う。
霧の中、ローベルの黒いフリルがゆらりと揺れ、舞台は静かに、だが確実に次の幕へと移ろうとしていた。




