第8話 逃亡、そして進化するホブゴブリンの俺
「ハァーハァーハァー
……クソ、逃げ切ったか?」
俺、ホブゴブリンの護は、岩陰に身を潜めながら、背後の地鳴りが止むのを確認していた。
クリスタル・デバステーターとの死闘。あれはもはや“戦闘”ではなく“処刑”だった。
それでも俺たちは、生き延びた。
「……あれが、運営の“消去兵器”ってやつか」
「本気でNPCを消しに来てる……あいつは、ゲームじゃない」
ティリスが低く呟き、エミリーが静かに虫かごを撫でる。
「これから、どうする……?」
俺は迷いなく答えた。
「進化する。もっと強くなって、“あの鉄屑”にも一矢報いるために。
……行くぞ、国境の先、“森のミルク”を目指す」
「隊長……ついに進化っすね」
「虫の力、もう一段階高める……」
「コニちゃん、成長したいー! 背も、知能も!」
「……お前はまず、虫にビビらなくなれよ」
苦笑しながら、俺たちは森を進む。
地図で言えば、今はまだ魔族領の南端。だが、国境の向こうには
レインボードラゴンが住む竜の谷がある。
かつてこのゲームの初回プレイ時、俺はあの泉に触れて「ゴブリン隊長」へ進化した。
森のミルクは、魔物に“クラス進化”を与える特殊ギミックだった。
(今も機能してるかは分からねぇが……望みはある)
俺たちは、一筋の光を信じて国境を目指した。
「……な、なんだアレ」
「おっぱい……でか……」
ふわふわの金髪に、白黒の牛柄の服とカウボーイハット。
ゆっさゆっさと豊満すぎる乳房を揺らしながら、しなやかに立つ女魔物。
“カウーガール”
ミルクを司る幻獣にして、極めて稀なレア魔物のはずが、なぜか泉の守護者になっていた。
「うっふふふ〜ん♡ ようこそ、森の恵みへ♡
でも困るのよねぇ〜、勝手に触られちゃ♡
このおっぱいで、お仕置き♡しちゃおうかしら♡」
「えっちすぎるだろ……!」
俺は一歩引いた。だが、ティリスの冷たい声が響く。
「護。油断すれば、両胸で圧殺されて終わりよ。……あれ、たぶん、殺意高いわよ」
「はい。絶対死ぬ気で来てますね」
「おっぱい魔獣はやだーッ!」
「でもミルク、ほしい……」
緊迫した(?)状況の中、俺たちは一丸となって戦った。
エミリーが長槍で足元を狙い、ぬるりと舌で妨害。
コニちゃんが遠距離から火球と干し肉を投げる(意味不明だが牽制にはなった)。
デフリーが前衛で構え、重い身体でタックルを防ぐ。
俺は囮となってその巨乳の注意を引く――
「こっちだ、爆乳っ!!」と叫びながら。
戦いの末、ついにカウーガールは悶え声を上げて膝をつき――
「んもぅ♡……こんなに乱暴されちゃったら、仕方ないわ♡……ミルク、出しちゃう♡」
ドゥルンと小さな木の樽が、泉の中央に現れた。
その中にたっぷり入っていたのが、「森のミルク」。
ほんのり甘くて温かい、命の液体。
「これが……!」
俺たちは感動しながら、それを丁寧に汲んだ。
「よっしゃあ! 料理の時間や!!」
デフリーが張り切って叫び、即席のキッチンが森に立ち上がった。
まずはバター作り。
木の桶にミルクを入れ、丸太で丁寧に攪拌。
「モンスターミルクは脂肪分が高いんや。こうやって混ぜて……」
ぷるぷると分離してくる黄色い塊。
それを苔で濾し、冷水で洗う――
「できたで、“森バター”。香りがちゃうやろ?」
森中に、甘くて香ばしい香りが漂った。
続いて、森の幸を煮込んで作られる――ミルクシチュー。
玉ねぎ風の草の根、スライムコンニャク、怪しいキノコ、そして獣肉の切れ端。
「炒めは愛情や。焦がすな、混ぜろ、魂込めろ」
デフリーはそう言いながら、熱意全開で鍋を振るう。
「おかわりあるで」
手渡された木の器に、熱々の白いシチュー。
バターのコク、ミルクの甘さ、ハーブの香り……。
「……う、うまっ……!」
「森の……ミルクぅ……最高やぁ……!」
みんなが、満たされていた。
そして、俺は
この味に、“デジャヴ”を感じた。
(……そうだ。前々回のラストバトル前、ここで同じものを食った気がする)
でももう、振り返る気はなかった。
だって進化は、これからだ。
俺の身体が、ほんのりと輝き始めた。
ティリスも、エミリーも、デフリーも、コニちゃんも
白く、あたたかな光に包まれていく。
◆俺・護:ホブゴブリン → ゴブリン隊長へ進化
◆デフリー:オーク → オークソルジャーへ進化
◆エイミー:リザードマン → リザードシャーマンへ進化
◆コニちゃん:トロール → ボストロールへ進化
◆ティリス:ダークエルフ→ アークエルフ へ進化
「俺たちは、前に進む。運営が何をしようが、関係ねえ」
「この力で“運営の消去”を超えてみせる!!」
俺たちは一歩、新しい大地への草原に足を踏み入れた
新たな冒険と、さらなる進化のために。




