第3話 ホブゴブリンの護、次の新しいイベントを開催
肉の煙が上がり、笑い声が響いたあの「森の肉フェス」から数日。
護は丸太の上に腰掛け、空を仰ぎながら一息ついた。
「……よし、滑り出しは上々だな」
復帰ユーザーがわずかだが戻ってきている。
肉フェスイベントは“護の世界改革”の第一歩に過ぎない。
だが、この調子では足りない。プレイヤー層は広い。肉だけじゃ来ない層もいる。
「次は……“癒し”と“収集欲”だな。素材収集型のイベントと……自然体験コンテンツか」
護の脳内で、いくつかのキーワードが弾ける。
そして頭に浮かんだのは、ある一人の仲間だった。
「エミリー。ちょっといいか?」
「……呼んだ?」
木陰から姿を現したのは、リザードマンの少女・エミリー。
腰に巻かれた革紐から、小さな網と虫かごが覗く。
彼女は相変わらずの無口だが、護にはちゃんと心を開いている。
護が近づくと、エミリーはぺたりと葉の裏に舌を伸ばし、舌を丸めて、ぺろり。
「……見つけた」
「相変わらず器用だな。その舌」
彼女の舌には、つややかな緑色の芋虫が絡まっていた。うれしそうに、くるんと丸めて口の中へ放り込む。
「……美味しい。朝露の香りがする」
護はその様子を見て、思わず微笑んだ。
「……可愛いな」
「え?」
「いや、なんでもない。エミリー、お前と一緒にやりたいイベントがある。“魚釣り”と“素潜りで大物の魚ゲット”だ」
エミリーの瞳がきらりと光る。
「水辺……いい。虫も、魚も、たくさん……」
「だろ? お前の出番だ」
護とエミリーは、かつて海辺エリアの外れに存在していた“サンゴの浜辺”に向かう。
潮騒の音、カモメの声。
使われていないマップの再起動は護の手にかかれば朝飯前だった。
「イベント名は《海の幸! 素潜りフィッシング大作戦》」
・魚を釣って調理すると、回復アイテムに!
・素潜りでレア魚を捕まえると、装備の強化素材になる!
・運が良ければ「人魚のウロコ」や「深海の真珠」が当たる!
さらにエミリーをイベントナビゲーターNPCとして配置し、専用ボイスも用意。
「ようこそ、サンゴの浜辺へ……虫は少ないけど、魚がいっぱい。……うれしい」
その語尾に少しだけ照れが混じるのが、実にエミリーらしかった。
イベント初日。
木製の釣り竿が用意され、波打ち際にはユーザーがポツポツとログイン。
「……えっ、ホブゴブリンと釣り? しかもリザードマンの美少女付き?」
「このイベント、癒されるんだけど……」
「芋虫ぺろりかわいい。推しキャラ確定」
護は後ろから様子を見守っていた。
「よし、客層が広がってきたな。食欲の次は、癒しと収集欲……ふふ、我ながら順調だ」
そこにエミリーが近づいてくる。
「護。……新しい虫、見つけた」
「まさか海の中で?」
「うん。ヒトデの下に、青いヨコエビ。長い舌でつかまえた……見せる?」
護は苦笑しながら手を出す。
「……ああ。見せてくれ。せっかくだし、“虫図鑑機能”でも追加してやるか」
護の改革は、確かに世界を少しずつ変え始めていた。
殺し合いだけが価値じゃない。
食べて、釣って、遊んで、癒される、NPCたちが提供する“生きた体験型の世界”。
だが、その空の向こうでは自動制御の運営AI【MIRA】が不穏な計算を始めていた。




