第2話 ホブゴブリンの護、ゲーム運営を始める
ホブゴブリンの護は、かつて自分が最初に倒された洞窟を後にして、草木が鬱蒼と茂るゴブリンの森を抜けた。森の入り口に佇む、使われなくなった管理端末の残骸に手を当てると、かつて覚えた“開発者コード”が反応する。
「……まだ残ってやがったか、デバッグモード」
護の掌から淡い光が走る。システムの奥深くに眠っていた報酬テーブルの編集画面が浮かび上がった。
「このゲーム、やり込みが足りねぇんだよ。レアアイテムは週1の確率? ふざけんな。全ドロップ率、2.5倍に引き上げだ」
それだけではない。新たに【期間限定クエスト】を自ら追加。
その名も
《森の肉まつり ~魔界焼き立てフェスティバル!~》
「バカバカしい名前だが……これで少しはログイン率も上がるだろ」
護はにやりと笑いながら、次なる準備に取り掛かった。
「ゴブリン隊長ォー!お呼びとあらば、肉かついで馳せ参じますよ!」
森の奥からドタバタと駆けてきたのは、分厚い筋肉とエプロンをまとったオーク族の若者・デフリーだった。彼は護の元で、かつて雑魚モブから“伝説のオークロード”まで昇格した苦労人である。
「デフリー。お前をイベント長の副官に任命する。やれるな?」
「もちろんですとも! 俺には夢があるんです、隊長。肉と笑顔で満たされた、魔界レストランを作ること!だからこそ、このイベントでもそれを再現したい!」
護は深くうなずいた。
「……イベントは胃袋からだな」
「はいっ! まずは魔界牛の炭火焼き、次に鹿の香草ロースト! そして……イノシシ串焼きです!」
「いい流れだ……でもな、デフリー」
「わかってます! 豚はダメ! 我らにとって神聖な存在、料理しません!」
「よくできた部下を持ったもんだ」
護はふと、昔を思い出す。
まだ人間だったころ、ログインして最初に目にした“NPCのセリフ”があった。
「料理は愛情。端正に、丁寧に、美味しくいただく、ですから!」
あのときは「何言ってんだコイツ」と笑った。けれど、いま目の前でそれを繰り返すデフリーを見て、なぜか心が温かくなる。
「……お前、変わらねぇな」
「えっ、何かおっしゃいました?」
「いや、こっちの話だ」
護は軽く笑いながら、開かれた草地へと目を向けた。
「ここをイベント会場にする。焚き火を囲んで、肉を焼き、酒を注ぐ。誰が来ても“おかえり”って言える場所にしてやる」
肉フェスの準備はすぐさま始まった。
炭火台、丸太のテーブル、木の葉の皿。そして護が独自に改変した“食べ物でバフがつくシステム”も適用。香ばしい香りが風に乗り、森を包む。
その様子を見ていた村の雑魚ゴブリンたちが、興味津々に近づいてきた。
「なにこれ、めっちゃいい匂いじゃん!」
「えっ、これって……食べ放題!?」
「しかも倒されないってマジ!? 神ゲーかよ!!」
護は玉座代わりにした丸太に腰をかけ、満足げに言う。
「ただの戦闘じゃ、客は戻らねぇ。だが“楽しい記憶”は、ログイン理由になる。俺たちが提供すべきなのは、“体験”だ」
「隊長、俺、泣いていいっすか……」
デフリーが感極まって、肉を焼きながら嗚咽する。
「泣くな。肉がしょっぱくなる」
そして夜。焚き火が高く燃え上がり、初めてのユーザーがログインした。
そのユーザーが口にしたのは
「……なにこれ、なんでゴブリンのボスが肉焼いてんの?」
護は構わず言った。
「来たな、勇者よ。まずは腹ごしらえしてけ。話はそれからだ」
護のゲーム改革は始まったばかりだった。




