第1話 勇者が来ねえ!?絶望のホブゴブリンの洞窟
ホブゴブリンの護は、洞窟の最奥にある粗末な玉座に肘をつきながら、虚空を見つめていた。
「……このままじゃ、このゲームはサービス終了(サ終)だ。どうにかしなきゃな」
その表情には焦りも怒りもなく、ただただ退屈の色が濃く滲んでいた。
魔人歴、三回目のログイン。
つまり、護にとって三度目の“ホブゴブリン人生”の始まりだった。
初回は転生勇者アレスと白熱バトル。
二度目は、泣き虫勇者アレスを教育した。
そして三回目
「勇者が……来ねぇ」
一週間が過ぎ、二週間が過ぎ、三週間が過ぎた。
いつまで経っても、勇者が洞窟に現れない。
護は玉座に座り続け、テンプレセリフの準備ばかりが磨かれていった。
「ふふ……よく来たな、勇者よ。貴様の運命はここまでだ!死ねぇぇぇッ!」
台詞ボードに記されたその言葉が、乾いた石の壁に虚しく響く。
隣で雑魚ゴブリンAが鼻くそをほじりながら言った。
「なあ族長、このセリフって……もう古くね?」
護の口元がピクリと動く。
「それを言うなら、お前のその行動も古いわ。NPCならNPCらしく気合い入れろ」
「えぇ……だって誰も来ねーし……つーか最近、森にも人間来てないし……」
その通りだった。
『伝説のブレイブレガリア』かつて覇権を取ったとまで言われた王道RPG。
その名も今では過去の遺物。大手ゲーム会社ミラージュコードが開発したはいいものの、4周年を迎えて以降、イベントの使い回しとインフレ課金によりユーザーは激減。
NPCたちの稼働率も落ち、護のような「初期配置ボス」すら存在意義を失いつつあった。
むしろ今、ここに毎日出勤している護こそが異常。
普通のNPCは、AI制御の待機モードに戻ってる。
だが護は違った。
なにせ中身は、かつてこのゲームをクリアまでやり込んだ、元・人間の廃プレイヤー。
偶然のバグで転生して以来、「NPCのふりをして、ゲーム世界の裏側から改革する」ことを生き甲斐としていた。
けれど
「……そのゲームが、終わろうとしてる。勇者も来ねぇ。ユーザーもいねぇ。ついに、誰にも必要とされなくなったか」
ため息をつき、天井の鍾乳石を見上げる。
すると頭の上から、ボタリ、と水滴が落ちてきた。
「やかましいな。まるで涙かよ……俺はまだ泣いてねぇっての」
護は立ち上がる。
「こうなりゃ、最後に一花咲かせてやろうじゃねぇか。俺の名は護。ホブゴブリンのボス、三代目。元・人間、現・ホブゴブリンの俺。そして……自主運営担当だ!」
隣のゴブリンAがポカンと口を開けた。
「えっ、族長、何それ……」
「決まってんだろ。このゲームを俺が面白くする。誰よりも、勇者よりも、プレイヤーよりも、この世界のことをわかってるのは……この俺だ!」
護の瞳が燃えた。
玉座の下に埋もれていた旧式の宝箱を開け、古びたイベント用アイテム群を取り出す。
ドロップ率操作用スイッチ。演出変更用のルーン石。隠しボス召喚札……。
「俺が、俺自身で、クソ運営を改革してやる。イベント? やってやる。報酬? 倍にする。演出? ド派手にしてやらあ!」
その背中には、もはや「ただの雑魚ボス」の気配はなかった。
「覚悟しろよ、クソ運営!新しいゲームにうつつを抜かす悪人が!
俺が動いたからには……この伝説のブレイブ・レガリアの世界、まだ終わらせねぇ!」
そして護は、ホブゴブリンの森の洞窟の奥から外界へと一歩踏み出す。
誰もいない森の空気が、どこか寂しく、そしてどこかワクワクしていた。




