第2話 お前たちモンスターは俺の踏み台だ。
「……なんや、ゴブリンども。ちょっと強なっとるやないか」
勇者アレスは不満そうに舌打ちした。
森の洞窟ホブゴブリンの本拠地。かつてゲームで何度も攻略した馴染みのダンジョン。
だが、目の前に広がる光景は、記憶にあるそれとは明らかに違った。
落とし穴。毒沼。崩れる崖。
配置されたトラップは理不尽にすぎ、しかもゴブリン兵は集団戦術を使い、
中には炎や雷の魔法を操る個体まで現れた。
「俺が知っとる“ぬるゲー”ちゃうやんけ。バランス壊れてるやろ」
だが、アレスは逃げなかった。
逃げる必要もなかった。
「ま、どうでもええわ。ホブゴブリン倒しても報酬ショボいしな……ここの攻略は後回しや」
アレスは笑みを浮かべた。
その笑顔に、勇者らしさは欠片もなかった。
「次のマップ行くで。リザードマンの村、全滅させたるわ」
そこは湿った熱気と緑の瘴気が漂う沼地帯。
リザードマンの住処だった。
突如現れたアレスの剣が、血をまき散らしながらリザードマンの戦士たちを薙ぎ払っていく。
「トカゲどもがッ、震えて眠れやァアア!!」
焼けた鱗、飛び散る尾、折れた槍
まるでゲームの“エリア制圧”のように、アレスは効率的かつ冷酷に村を破壊していく。
リザードの母子が逃げる。
間に合わない。
燃え上がる家屋の中、絶叫と怒号が入り乱れた。
そのとき、村の中心、巨大な木製の祭壇の前に、長老らしきリザードマンが立ちはだかる。
「貴様……名を名乗れ」
「アレスや。ああ、元の名は南城大我やったかいな」
「ならば覚えておけ……アレスよ。お前がどれほど暴れても、この大地は見ている。
やがて貴様は、“護”に討たれるであろう……ホブゴブリン族の、誇り高き戦士に」
「ははっ、誰にやられるって? あんな小汚いゴブリンが俺に勝てるわけないやろ」
「お前の“傲慢”こそが、最大の隙だ。勇者と呼ばれる者が、それを忘れた時――」
その言葉を最後に、族長サルアは斬り伏せられた。
鮮血とともに倒れ、神の像を見上げたまま静かに息絶えた。
アレスは吐き捨てるように言った。
「俺に説教すんなや……お前らは俺の踏み台や。それ以上でも以下でもない」
リザードマンの村は、夕焼けとともに燃え尽きた。
血煙の向こう、アレスの目が不気味に光る。
「護?人間みたいな名前のホブゴブリンやな。もしかして。まさかな」
そして彼はホブゴブリン族の“護”と呼ばれる戦士の存在に、少しだけ、興味を抱き始めていた。




