第2話 戦火の記憶をたどって
王都ローゼリアは、もはやかつての荘厳さをとどめてはいなかった。
高くそびえていた尖塔は氷に包まれ、広場の噴水は凍結し、空には白銀の雷が走る。
それは美しささえ感じるほど、静かで、そして残酷な破壊だった。
「排除行動、続行。命令プロトコル、上書きなし。敵性反応……あり」
彼女は、命じられた通りに戦っているだけだった。
その少女――ラ・ミューズは、今や“兵器”として完成されていた。
白銀の髪が風にたなびき、左右非対称な瞳が冷たく光を放つ。
一方の手には、雷を凝縮した杖。もう一方には、蒼い氷の刃。
「無抵抗住民も含むのか!?」
護が歯噛みしながら呟いたが、出ていくことはなかった。
あくまで「裏の師匠」、アレスの成長を見守ることに徹していた。
「ミューズちゃん!! 聞いて、お願いだから……!」
スライム姫リュミエールが、凍りかけた瓦礫の上を必死に跳ねるように駆け寄る。
「わたしよ! リュミエールよ! あなたと、図書館で詩を読んだ、あの――!」
少女の足が止まった。
ミューズの無機質な瞳が、僅かに揺れる。
ほんの一瞬、心の奥に凍りついていた「記憶」が疼いたのかもしれない。
だが。
「……排除対象、特異スライム種。裏切りの可能性、認定。魔王軍構成要素と判断」
杖から放たれる白銀の稲妻。
「っ!!」
リュミエールは寸前でスライムボディを弾け飛ばし、辛うじて直撃を避けた。
「ダメ……完全に洗脳されてる……っ」
近づけば即排除。話しかけても記憶には届かない。
リュミエールの目に涙がにじむ。
そこへ、ゾンビ伯爵ロベールがふらりと現れる。
「やぁん、なにこの爆風。あらミューズちゃん? あいかわらず肌白いわねぇ……」
「ゾンビ種:戦闘対象。破壊行動、継続──」
「ちょっとぉ!? 親友に挨拶しただけでこの仕打ち!? アンタどんだけ冷たいのよ!!」
「冷気プロトコル:起動」
バキバキバキバキバキッ!!
路地全体が瞬時に凍り付き、ロベールの顔面だけが生き残って雪から飛び出している。
「わたし、また刺繍できないわよこれぇぇぇぇぇ!!」
一方、アレスは剣を構えたまま動けなかった。
(……どうすればいいの? こんな子相手に、本当に戦えるの?)
剣は重い。足がすくむ。
だが、その手にロベールがこっそり握らせたものがある。
──小さな、刺繍の糸と針。
それは、かつてミューズとロベールが一緒に選んだ「空色」の糸だった。
「彼女はまだ……あの頃のまま、どこかにいるわ。たぶん、心の奥で泣いてるのよ」
「……!」
アレスの瞳に火が灯る。
「もう……誰にも、泣いてほしくない」
握った剣に力を込め、アレスが走り出す。
「ミューズ!! 私は……あなたを助けたいんだ!!」
だが、その叫びはまだ届かない。
王都の空に、白銀の稲妻が、さらに高く走った。
物語は、いよいよ激しさを増す。