第1話 白銀の女帝の目覚め
ローゼリア王都のその地下、廃棄されたはずの研究施設にて、凍てつく空気が静かに脈打っていた。
冷凍睡眠装置。
中には、一人の少女が眠っている。
白銀の髪、透き通る肌、閉じたままの瞼。
彼女の名はラ・ミューズ。
かつて、人間と魔族の混血児として生まれ、ただその血を理由に忌み嫌われた存在だった。
「実に……美しいね。神は選別を怠った。我々がそれを正すのだ」
白衣をまとい、異常なほど整った微笑を浮かべる男。
錬兵大臣、ヴァルドロ。
人間至上主義の急先鋒。
自らの理想のために、薬物と改造により人間の進化を“創造”しようとしていた狂人。
ヴァルドロが、端末に触れる。
「起動コード:シルバーエデン。白銀の子羊、起きなさい……」
静かな警告音とともに、冷凍装置が開く。
少女いや、兵器が、ゆっくりと目を開けた。
「……システム起動。感情プロトコル:遮断」
その声は機械のように無機質だった。
「排除対象:魔族、混血、命令抵抗者」
刹那、巨大な光の奔流が地下を突き抜け、地上の王都中心部へと噴き上がった。
──ドオオオンッ!!!
爆風。
氷と雷の魔力が渦を巻き、王都の時計塔が一瞬にして崩れ落ちた。
民は逃げ惑い、兵士は凍り付き、王都は混乱に包まれる。
その夜、ローゼリア王都近くの丘にいた一行
勇者アレス・スカーレット。
ゾンビ伯爵ロベール。
ホブゴブリンの護。
そしてスライム姫リュミエールは、空にそびえる光柱を見ていた。
「な、なに……? 王都、爆発してる!?」
アレスは目を見開いた。
ロベールはふざけた口調で言った。
「いやん……お家の近くだわ……ワタシの刺繍日記、燃えてないかしら……」
だが、リュミエールの表情は違った。
スライムの粘膜がかすかに震えている。
「……まさか。あれ、ラ・ミューズ……?」
「ラ・ミューズ? 誰それ?」
アレスが聞き返す。
リュミエールは静かに言った。
「白銀の子羊……人間と魔族の混血として、王都に“管理”されていた女の子。わたしの……友達だった」
一同が黙り込む。
「でも、そんな子がどうして……」
リュミエールの声が震える。
「たぶん……実験体にされたの。“人間の兵器”として……あの爆発、彼女の力だと思う」
護は、木陰からこっそり様子を見ていた。
「また厄介なのが出てきたな……」
その声は聞こえていなかったが、表情にはかすかな憂いがあった。
リュミエールが小さくつぶやいた。
「……助けなきゃ。今度は、ちゃんと守らなきゃ……彼女の心を」
アレスがこくりとうなずいた。
「行こう。わたしたちが、やるしかないんだよね」
空に、再び白銀の光が放たれる。
勇者たちの、次なる冒険が始まる。




