第1話 極悪 関西系勇者誕生
中学の教室。
そこは、生き地獄だった。
「なんや、今日も弁当グチャグチャか? ほら、お前が全部食えや」
「クッサ……こいつほんま汚物やな」
「うわ、泣きよった! 泣いたでコイツ!」
南城大我は毎日、教室の片隅で蹴られ、殴られ、笑われていた。
机には落書き。鞄の中には生ゴミ。弁当は床にぶちまけられ、水筒にはトイレの水。
教師は見て見ぬふり。親は“お前にも原因があるんじゃないの”と突き放した。
誰も助けてくれなかった。
誰も、信じてくれなかった。
「なんで、俺ばっかり……」
壊れた。
あの日、線路へ向かった自分を、もう他人事のようにしか思い出せない。
──でも、目を覚ました時、世界は変わっていた。
「……なんやこれ、まじでゲームの中やん」
見覚えのある森。身につけた白銀の鎧。手にした聖剣。
そこは、昔死ぬほどやり込んだゲーム『伝説のブレイブ・レガリア』の世界だった。
そして、自分はその主人公の勇者アレスとして、生まれ変わっていた。
「はは……はははっ!」
南城は嗤った。世界を呪うように、血が沸騰するほどに。
「これが、俺の新しい人生ってわけか。ええやん……最高やんけ」
かつて何もできず、何も守れず、ただ潰されるだけだった少年は、
今や“世界を救う勇者”の姿を持っていた。
「まずはあれやな……チュートリアルの森の洞窟。ボスはたしか、ホブゴブリン」
「フッ、今の俺なら……余裕やろ」
最速クリア? 世界平和? 興味はない。
あるのは、ただ一つ復讐。
「お前ら、見とけよ。俺はな……このゲームで復讐のために、生き返って転生したんや」
草原。剣。鎧。魔法の世界。
自分の姿は、昔遊んでいたゲーム『伝説のブレイブ・レガリア』の勇者アレスそのものだった。
「……は? マジでここ、レガリアの世界やん。俺……本当に勇者に転生したんか?」
狂ったように笑う。
「うそやろ……ははっ! ほんまに……はははっ!」
もう、あの惨めな俺じゃない。
これからは俺の時代や。
殺せる。好きなだけ、好きなように。
「お、さっそくおったな……オーク一匹、のっしのっし歩いとるやんけ」
道端を歩く、のんびりと何の悪意もないオーク。
その背後に忍び寄り、剣を抜いた。
ズブリ――
赤い液体が地面に広がる。オークは目を見開き、膝をついた。
「なんもしてへんやつ殺すって……たまらん快感やな」
にやりと笑う。
悪意の塊のようなその目に、かつて人間だった温もりはなかった。
オークは呻き、こちらを振り向く。
「た、助けてくれ……おれ、戦いたくない……」
命乞い。
昔の俺も、あんな目をしてたな。
「知らんわ。俺はもう、誰も助けへんし、誰にも助けてもらわん」
一閃。
倒れたオークから立ち上る血煙が、風に溶けた。
「世界を救う? アホか。この世界、俺が支配するんや」
天を見上げて笑う。
「これはゲームや。せやけど俺の手で終わらせたる。
ゲームオーバーになるのは、この世界のほうや」
極悪勇者が、今ここに誕生した。勇者アレスとホブゴブリン護との対決はすぐそこまで来ていた。




