第8話 闇を纏う影
王都ローゼリア
その輝かしい外観の裏に、決して陽の目を見ぬ地下区画が存在する。
かつて下水施設だったその空間は、今や“国家再生研究局という、誰も知らない名のもとに、闇の実験場と化していた。
天井から吊られた魔導電球が、チカ、チカ、と不規則に明滅する。
その冷たい光の下には、鉄格子に閉じ込められた無数の人影
人間、魔族、そしてそのどちらとも言えぬ“混成体”が呻いていた。
「投薬レベル7、結果報告を。次の個体はスライムとリザードマンの混合種。反応曲線に変化なし」
白衣の研究員たちが無感情に記録を取り続ける中、
最奥の暗がりから、一本の足音が響いた。
ギッ、ギッ…
それはまるで杖が床を叩く音だった。
現れたのは、一人の異様な男だった。
白衣の上に軍服のマントを羽織り、
背は高く痩せぎすで、眼鏡の奥に光る瞳は狂気と確信を同時に宿していた。
その名は
錬兵大臣ヴァルドロ・グラムス
王国の軍制改革を担う重鎮にして、“進化による人類選別”を掲げる狂信者。
彼の手に握られた杖は、かつて魔王討伐戦で回収された魔族の骨で作られていると噂されていた。
「……また、劣等種が騒いでいるようだな。ゾンビ、スライム、ホブゴブリン……まるで見世物小屋だ」
その声は静かで穏やかだったが、何よりも恐ろしかった。
「“神のデザイン”とは、純粋なる人間だけが、支配者となる世界。汚れた混血など断じて認めてはならぬ」
杖の先で試験管を撫でると、中の液体が一瞬で赤黒く濁った。
「今日からこの研究室は、選別フェイズに移行する。
弱き者は消えろ。強き者だけがこの国を継ぐ」
ヴァルドロの命により、“混成体”たちがひとり、またひとりと実験台へと引きずられていく。
・魔族の血を持つ者は解体。
・人間でありながら魔族に同情的な者は再教育。
・強化薬を耐えられる者は“新兵”として再構成。
そう、これは単なる実験ではなかった。
これは王国による、新たな聖戦の準備だったのだ。
そしてその兵器群の名は……
「リュクス・レギオン(光の軍勢)」
人間の正義を体現する“絶対正義の部隊”。
その第一陣として、すでに“完成体”のプロトタイプが地下深くで目を覚ましつつあった。
冷凍睡眠装置に横たわるひとつの影。
彼女はかつて、魔族と人間の混血児として生まれ、王都で差別と孤立の中で生きてきた少女
今、ヴァルドロの手によって感情を削ぎ落とされ、“兵器”として蘇る。
「さあ、“白銀の子羊“。お前の役割はただ一つ。汚れた世界を“浄化”することだ」
勇者アレス・スカーレットはまだ恐ろしい計画と闇が蠢いていることを知ることはなかった。