第7話 姫と牢とスライムと
王都の石造りの牢獄。冷たい空気の中で、勇者アレスは両手を縛られ、鉄格子の中に座っていた。
「王都に来ると必ずわたしたち捕まるよね~♡」
「ど、どうしてこんなことにぃ〜〜〜っ……!」
壁に手をついて泣き崩れるアレス。
その横で、ボロ布を羽織ったゾンビ伯爵ロベールが、静かに刺繍の練習をしていた
(なぜか許されている)。
「おほほ……アレスちゃん、泣かないで。牢獄の湿気はお肌に悪いのよぉ」
事の発端は、昨日のことだった。
人間側の王都「リゼルム」にやってきたアレスとロベールは、民間の宿で“魔王軍残党”として通報され、即・拘束。
決定的だったのは、王国の姫が“魔王軍と内通していた”という噂があったことだった。
「まさか……あの姫様が、ロベールさんと知り合いだったなんて……!」
「うふふ……だって昔、一緒に刺繍クラブしてたもの……♡」
ロベールはちょっと照れた。
アレスの絶望がピークに達しかけたそのとき
牢の床が「ぷるんっ」と揺れた。
「ひいっ!? な、なにぃぃぃっ!?」
「やあん、ロベールちゃ〜ん♡ 久しぶりぃ〜〜〜〜〜っ!」
突如、牢の床からスライム状のトロトロの青い塊が現れ、ムニッと人の形へ変化していく。そのままムチッとしたドレス姿の女の子へと変化したその姿に、アレスは声も出ない。
「ス、スライムが……しゃべった!?」
「ご紹介するわ、アレスちゃん。この子はスライム姫リュミエール。わたしの親友よぉ」
「アナタを助けにきたのぉ♡ 勇者ちゃんも悪くないって、あたし、信じてたからっ!」
リュミエールはまんまるな目でウィンクしながら、鉄格子を体ごとスルンとすり抜けて開錠。
「さ、逃げましょ〜! 処刑なんて冗談じゃないわよぉ〜〜〜っ♪」
「ま、待って、そんな勝手にぃぃぃ!」
ロベールはすでに踊るように脱出準備をしていた。
アレスは泣きながら連行される形で牢を抜け出す。
(なんでいつも、牢屋から脱出してんだろう私 勇者なのに。)
スライム姫の能力は万能だった。
鍵穴に入ってロックを開ける。
壁の隙間を通って偵察。
時には兵士のブーツに入り込み、くすぐって悶絶させて通り抜け。
「ぷぷっ、兵士のくすぐり弱点率、高すぎ〜♡」
「リュミエールちゃん、どうしてこんなことが……」
「アレスちゃん。あたし、魔物も人間も“区別”するの、イヤだったの。だから、魔王軍と人間が共存できる世を目指してるのよ!」
その言葉に、アレスは息をのんだ。
(……この人、本気なんだ)
地下牢を脱出し、外の夜風が頬をなでたとき、アレスの足は止まっていた。
「わたし……もっと、強くならなきゃいけないんだ」
「え?」
「だって……人間の中にも、ロベールさんみたいな人、リュミエールさんみたいな人、いっぱいいるのに……それを守れなきゃ、勇者なんて名乗れない!」
今までとは違う、揺るぎない決意の表情だった。
ロベールは微笑む。
「やっと……あなたの“刺繍”が、始まったわねぇ」
「えっ、えっ? なに刺繍って?」
「心の話よ♡」
そして遠く、木陰からそれを見ていた護がボソリ。
「……“勇者”に心で繋がった仲間たちが集まりつつある。」
確実に成長する弟子を見てコーチのホブゴブリンの護は涙ぐんだ。