第6話 ロベールの涙、アレスの決意
死者の村ヴァスティリエは、かつてロベールが刺繍と愛で育った村だった。
だが今は、炎に包まれ、黒煙と焼け焦げた布の臭いがただよう焦土。
その中心に、狂気をまとった男が立っていた。
「くはっ……くひひっ、あ"ぁ~~~~ッ!」
「おれは正義の使者“ドランカー様”だぁ! 魔物はみんなブッ殺して焼くって、神が言ってたんだよぉぉッ!!」
人間側討魔王残党伐隊の指揮官・ヘビードランカー。
戦場で名を上げたが、戦いの中で精神が崩壊。
今や、麻薬とアルコールと“自分だけの神”の声に支配され、
正義という名の狂気をふりまく暴君となっていた。
「ゾンビがしゃべってらァ……ぐへへッ……ははっはははァ!
臭い死体は燃やさないといけないなぁ、灰にして空気に混ぜろォ……吸い込めば正義になんだよォ……!」
ヘビードランカーは自分の腕に包帯を巻きながら、
その下から露出した無数の注射痕を指でなぞり、にやにや笑った。
「強くなるためになァ、飲むんだよォ。いろんなもんをなァ……ゾンビの骨粉とかよォ!」
「ゾンビだろォ!?死んでんだろォ!?生き返んなよォッ!?ドレス着てんじゃねえええッ!!!」
彼の大剣が、ゾンビの刺繍の残布を無造作に切り裂いた。
「や、やめなさいぃぃぃぃぃぃッ!!!」
ロベールが絶叫する。
「そのレースはっ……この村の子が縫ったのよぉぉぉぉっ!!」
しかし、ヘビードランカーは耳を貸さない。
口元を泡だらけにしてわめき、意味不明な歌を口ずさみながら酒瓶を振り回す。
「勇者様だろぉ?何とかしてみろやああああっっ!」
アレスの目が、静かに怒りで燃えた。
「やめてよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
ロベールが叫ぶ。声が涙で震えている。
「あたしの生まれ故郷を!家を!ドレスを!家族を返してぇぇぇぇぇッ!!」
アレスは剣を強く握った。
その瞳の奥には怒り。
今まで泣いてばかりいた少女の中に、確かな“炎”が灯っていた。
「あなたなんかに、死者を、笑わせるもんか!!」
そして剣を、振るった。
ヘビードランカーは笑っていた。
「お、怖いねぇ~小娘ちゃん。おんなの勇者が怒ったぞぉ~」
剣が交わる。だがドッラグは動きが速い。薬で肉体が限界を超えている。
だがアレスは
「ロベールさんのために!」
「仲間のために!」
「わたしが、“戦う勇者”になるんだぁぁぁッ!!」
渾身の一閃!
剣が火花を散らし、ヘビードランカーの盾を吹き飛ばした!
「がっ……!」
狂笑が止まった。
「おま……勇者のくせに、やりやが……ぐ、う……うぁぁ……ッ!」
よろめきながら倒れこみ、ヘビードランカーはそのまま昏倒した。
静寂が、広がった。
戦いの後、ロベールは焼け焦げた村の中央に、ひとり立ち尽くしていた。
かつて刺繍教室だった場所。
花柄のカーテンも、シルクの練習布も、もう残ってはいない。
「……わたし、また刺繍……できるかしら……?」
そのつぶやきは、風に消えそうなほど小さかった。
そのとき。背後からそっと差し出されたものがある。
小さな、糸と布。
アレスだった。
泥だらけの手で、ボロボロのポーチから取り出したそれを、そっと手渡した。
「ロベールさん。私、裁縫苦手だけど……」
「でも、また……いっしょに作りましょう」
ロベールの目に、もう一度、涙が浮かんだ。
「……あたし、泣いちゃだめね。お化粧が落ちちゃうじゃない……」
ロベールは、言葉もなく、ただ布を見つめた。
そして、ぐしゃりと胸に抱きしめて、小さく笑った。
「ふふ……あたし、勇者に泣かされたのは……これで二回目よぉほほほほ」
そして遠く、木陰からそれを見ていた護がボソリ。
「……ふん、やるじゃねぇか、“勇者”」
確実に成長する弟子を見てコーチのホブゴブリンの護は涙ぐんだ。




