第5話 死臭ドレスと燃える村
それは、突然の報せだった。
「たいへんですぅぅぅぅぅ! ロベールさんの実家、死者の村ヴァスティリエが……燃えてるって!!」
「え……?」
アレスの声が震えた。
「燃えてる? どういうことだ?」
「ううぅ……えっと、人間の討伐部隊が誤情報をもとに、魔王軍の残党の根城だって襲撃したらしくて……」
「燃やされたんです、村ごと! ドレス工房までっ!!!」
報せを受けたロベールは、刺繍フレームを床に落とし、青ざめた(肌はもう灰色だが)。
「……あたしの“未完成ウェディングコレクション2025”が……灰に……!!」
そして、ゆっくりと立ち上がった。
目には、怒りと悲しみの火が宿っていた。
「許さないわよ……誰がどう言おうと、あそこは“わたしの故郷”だったのよ!!刺繍の汗と、紅茶の涙と、死臭と愛が詰まった村だったのよ……!!」
死者の村ヴァスティリエは、文字通り“死者たち”がひっそり暮らす村だった。
ゾンビ、スケルトン、ミイラたちが共に刺繍を学び、裁縫を営む
ロベールの原点であり、魔族の仲間たちの平和な隠れ里。
そこに押し寄せたのは、人間の“魔王軍掃討部隊”。
「魔物どもを根絶やしにしろ!!」
「死者が住んでる? だからなんだ!生者が正義だ!!」
炎と剣が降り注ぎ、
静かに針を持っていた老ゾンビやミイラたちは、一人、また一人と倒れていった。
ドレスが、ハンカチが、愛の縫い目が燃えていく――
村の中心、「アンデッド手芸学院」の屋根に火が回り、
刺繍ドレスが、赤く燃え上がる。
「お願い……やめて……! 彼らは戦ってなんかいないのに……っ!!」
アレスの叫びは、焼ける木々の音にかき消された。
護が炎の中を見つめて呟く。
「……これが、“人間の正義”ってやつか」
立ち上がる乙女(半骸骨)ロベールは泣いていた。
火の中で、焼け焦げたフリルを握りしめ、ふらつきながら立つ。
「見てちょうだい……わたしの子たちが……」
「この刺繍、ここまで仕上げるのにどれだけの時を……!」
「なのに……! なのにっっ!!」
彼女の目に、炎と涙と怒りが混じる。
「あたし、怒ったわよおおおおおおおおおおお!!!!!!」
突然ロベールが叫んで、燃えるマントを翻す。
「ぜーったい許さない!あんたたち、生きてるからって好き放題しないでちょうだい!!“死者にも尊厳ってものがあるのよぉぉぉぉぉぉッッ!!!”」
そして、フリル付きのアンデッドレイピアを抜いた。
その切っ先は、光る刺繍糸で縫い込まれている。まるで、愛と怒りの刃のように。
「アレスちゃん、やるわよ!」
「は、はいぃぃぃぃッ!!」
アレスも剣を握る。その剣もまた、ロベールが刺繍した“布製の剣ベルト”で飾られていた。
人間兵の剣を受け止め、燃える中を走り、
アレスはついに、一人で敵のリーダーに立ち向かう。
「わたし……わたしは、誰かを守れる“勇者”になりたいんです!」
剣を振るう。震える足を、仲間の教えで支える。
背中には、護がいる。
ロベールがいる。
命をかけて守った刺繍と、夢がある。
「だから私、戦います!!」
初めて、誰かのために、堂々と。
剣を、振った。
その刃は、死者の村の炎を切り裂く風となった。