第7話 それぞれの師匠たち
「ヒメリア」朝の村にやわらかな陽が差し込む頃。
勇者アレス・スカーレットは、広場の真ん中に立たされていた。
その目の前に立つのは、エルフ族の剣士 、ティリス。
長く銀色に光る髪を背に流し、手には分厚い剣術教本を携えていた。
「よろしい。では本日から、勇者アレスの“剣技基礎カリキュラム”を開始します」
「せ、先生……よろしくお願いしますっ」
アレスが思わず「先生」と呼んでしまうほどに、ティリスの佇まいは完璧だった。
教本を開き、木剣を手に、まるで学校の授業のように淡々と指導が始まる。
「剣は振り回すものではありません。振るうのでもない。“通す”のです。
風の道筋を描くように、力ではなく意志を通す。」
ティリスの剣が、一閃。
風を切り、空を裂くような、美しい弧を描く。
「これが初級構え、“精霊流・燕の型”。さ、あなたもやってみて」
アレスはぎこちなく構え、見よう見まねで剣を振る。
「……あ、あれ? 先生、うまく風が通らないんですけど……」
「そもそも肘が上がりすぎ。脇は軽く締めて。剣は腕の延長線に、角度は45度、重心は腰の真ん中で体感をもっと使うのよ。」
ティリスの指導は細かい。だが丁寧だった。
教本に載っている解説をそのまま実演し、必要があれば図解まで描いてくれる。
「ティリス先生って……なんか、真面目すぎて逆に怖いです……」
「失礼ね。真面目じゃないと剣に斬られるのよ」
そんなやり取りのなかでも、アレスの構えは少しずつ整っていった。
午前の剣術講義を終えた後は、オーク族のデフリーによる実践生活訓練
通称“チャーハン編”へ突入する。
「今日教えるのは……オーク式! 失敗しないチャーハンッ!」
「なんですかその叫びは!」
フライパンを片手に構えるデフリー。その手元にはすでに生卵と炊きたての白米が用意されていた。
「ここだけは覚えとけ、勇者ちゃん。チャーハンはな、先に卵とご飯を混ぜておく。これが初心者の命綱だ!」
「え!? それって、フライパンの上じゃなくて……事前に混ぜちゃうんですか!?」
「そうだ! こうやってご飯を卵でコーティングしておけば、炒めるときにベチャベチャにならねぇ。
米が油をはじいて、パラパラになるって寸法よ!」
ドヤ顔で混ぜるデフリーの腕は、中華料理長
「よーし。鍋を熱して煙が出たら合図だ!」
「出てる! 煙、すごく出てるっ!」
熱々のフライパンに、卵ごはんが投下され、ジュワァァァと響く。
ネギ、チャーシュー、調味料も手際よく加えられ、パチパチと香ばしい音が広がる。
「できた。これが、戦場を生き抜くオーク流チャーハンだッ!」
アレスも真似てチャレンジ。焦げ目はついたけれど、しっかり形になった。
自分で作ったご飯の味は、なによりも優しく、あたたかかった。
午後からは、リザードマン族・エミリーの「武器整備講座」。
「剣を扱う前に、その刃を知りなさい。鈍った刃は“意志の鈍り”よ」
エミリーは淡々と語りながら、砥石に水をしみ込ませる。
剣の砥ぎ角度は15度。砥石の面を均等に使い、引くように滑らせる」
シャッ、シャッ……シャッ。
その音には、緊張感と落ち着きが同居していた。
「油は薄く。重ねすぎれば粘りすぎて、切れ味が落ちるわ。 剣はあなたの鏡。整えれば、あなたの心も映し出す」
リザードマンのエミリーの指は鱗に覆われているのに、道具を触る手つきは異様に優しい。
「わたし、武器ってもっと怖いものかと思ってました……」
「いいえ。信頼して、整えれば、武器はあなたを守ってくれるわ」
アレスの瞳に、剣がきらりと映った。
そして夕方、最後はコニちゃんとの筋トレ付きお散歩タイム。
「アレスちゃ〜ん、今日は“坂道ダッシュ10本→おにぎり補給→腹筋タイム”なの〜!」
「コ、コニちゃん、それ、鍛える順番バグってますぅうう!!」
笑いながら、泣きながら、それでもちゃんと全部こなして。
アレスの体に、確かな“力”が蓄えられていった。
その夜、アレスは仲間たちの笑顔を思い浮かべながら、窓の外を見上げてつぶやいた。
「今度こそ……最初のあのホブゴブリンを……ちゃんと、自分の力で倒したい」
その声は小さくても、意志は誰よりも強かった。
ホブゴブリンの護はその様子をそっと木の物陰から見ていた。




