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【5万4千PVアクセス突破 全話 完結】『最初に倒されるはずのボス、ホブゴブリンの俺。転生して本気出す。〜3年後に来る勇者を倒すための準備録〜』  作者: 虫松
スピンオフ小説 2週目 ホブゴブリンの俺、泣き虫女勇者を自立させよ。

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第4話 はじめの一歩は、村の広場で

小さな村ヒメリア。

森と畑に囲まれた、素朴で静かなその村に、今ひとつだけ異質な存在があった。


それが、引きこもりの勇者アレス・スカーレットである。


ホブゴブリンの洞窟から逃げ帰り、行き場のなくなった彼女は、村の宿屋の二階の一室に身を潜めていた。昼夜を問わず布団にくるまり、誰とも話さず、部屋から一歩も出ない。食事は宿屋の老婆が部屋の前に置いていくが、それさえ残す日もあるという。


そんなアレスを、立ち直らせるべく、魔族たちが動き出していた。


「……ここか」


エルフ族のティリスが、宿屋の階段を上りながらそう言った。


その後ろには、見た目は小太りの妖精にしか見えないトロール族のコニちゃんが、重そうな弁当包みを抱えてついてくる。

まるまるとした頬、ふわふわのワンピース、三つ編みにした髪が揺れるたび、花の香りがした。


しかし、その正体は、岩も砕く怪力の持ち主。

見た目とのギャップがすさまじい、れっきとしたトロール族の戦士である。


「……アレスちゃん、まだ部屋にこもってるんだよね?」


「そうね。でも、少しずつでいい。まずは“顔を出す”ことから始めましょう」


ティリスは優しく笑い、部屋の前に立つ。


——コン、コン。


控えめなノックが木の扉に響いた。


数秒後、内側から、かすれた声が返ってくる。


「……だ、だれですか……?」


「アレス。あなたに会いに来たの。私と、コニちゃん」


「……こ、コニ……ちゃん?」


「そうだよ〜! おにぎり持ってきたよ〜! 10個もあるからね〜!」


「お、おにぎり……?」


「うん! 鮭、たらこ、唐揚げ、昆布、梅、チーズ、全部あるよ! あったかいよ〜!」


「……うぅ……ちょっと、待ってください……か、髪が……ぼさぼさで……」


「だいじょーぶ、コニなんて昔、寝癖で“角がアルファベットのS”になってたし!」


「……そんな寝癖あるの……?」


——クスッ。


ドアの向こうから、かすかに笑い声がもれた。


そして、カチャリと音がして、ドアがゆっくりと開く。


そこに立っていたのは、くしゃくしゃの髪、寝巻のままのアレス・スカーレット。

目は泣き腫らし、顔色も悪い。だが、その手には勇気が、ほんの少しだけ宿っていた。


「……その、おにぎり……食べても、いい……?」


「もちろんだよーっ!」


コニちゃんが弁当を広げ、ちゃぶ台にずらりと並べる。

その光景に、アレスの瞳がぱあっと明るくなった。


「……どうして、私なんかに……優しくするんですか……?」


アレスは、そっとおにぎりを手に取りながらぽつりとつぶやく。


ティリスが言う。


「だってあなた、勇者でしょ? 泣き虫でも、逃げても、まだ道の途中。だからこそ、今必要なのは」


「“小さな一歩”だよ〜」


コニちゃんがにっこり笑った。


「……一歩、って……?」


「うん。たとえば今日、私たちと一緒におにぎり食べて、外に出る。そしたら、もうそれだけで“勇者としての訓練第一歩”クリア〜!」


「そ、そんなことで……?」


「そんなことが、大事なんだよ〜。最初の一歩を出せる人は、いつか大きな一歩も出せる人だからね!」


アレスは、しばらく考え込むようにおにぎりをかじっていたが……やがて、ちいさくうなずいた。


「……あの、じゃあ、ちょっとだけ……広場まで、行ってみようかな……」


「わぁーっ! すごいすごいすごいーっ!」


コニちゃんが拍手をする。ティリスも優しく微笑む。


「いいわ。じゃあ、外に出たら、まずは深呼吸。それから、村の風を感じてみて」


そうして3人は、宿を出て、村の小さな広場へと向かう。


木々のざわめき、子供たちの笑い声、畑を耕す音……アレスはそのすべてを久しぶりに耳にした。


「あ、あったかい……風が……」


「そう、アレスちゃん。世界は、まだ優しいものに満ちてるんだよ〜」


だが、その優しいひとときは、長くは続かなかった。


「村の北に魔物が現れたぞーッ!! でっかいグレイウルフだ!!」


村の警備兵の声が響く。


アレスの目が真っ青になる。


「え、えええ!? む、無理! ムリですって! こ、殺されるぅぅぅぅ!!」


そして彼女は、反射的に広場の木陰へダイブした。


「……あーあ、戻っちゃった」


ティリスがため息をつきながら、腰の短剣に手をかける。


「コニ、行ける?」


「もちろんだよ〜! グレイウルフなんて、おにぎりの具にしちゃうぞーっ!」


2人が村の外へと駆け出していく。


アレスは木陰から、彼女たちの背中を見つめた。


「……怖い。でも……あの背中、すごく、きれい……」


そのとき、アレスの胸の奥に、勇者としての小さな灯がともった。

(わたしも、あんなふうになりたい)

これは、彼女にとっての“本当の勇者の冒険”の、はじめの一歩だった。

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