第1話 再スタートと泣き虫女勇者
俺の名前は護。
種族はホブゴブリン。最初のチュートリアルのようなイージな洞窟で勇者に倒される“かませ犬の弱小のボス”だ。
……だった、はずなんだが。
実は俺、一度このゲームの世界をクリアしてる。
転生勇者アレスを倒し、果てはこのゲーム開発者の“ゲーム神”まで叩き潰してやった。
その結果、俺の願いで世界はリセットされた。俺は再びホブゴブリンの初期状態に戻っていた。
ステータスも激減、武器もなし、拠点も最初の洞窟。
だが、記憶だけはしっかり残っている。
「ゲームクリア後の2周目ってわけか。……ふっ、ぬるいな」
あのときの経験がある俺にとって、この世界はもう“初見殺し”じゃない。
まさにイージモードでプレイレベルだ。手応えなさすぎて逆に退屈すら感じる。
そんな折、部下のゴブリン兵が慌てた様子で玉座の間に飛び込んできた。
「ボスーッ!人間が来ました!勇者の証を持ってます!それも……女です!」
「なんだと? 今回は女の勇者なのか……?」
その瞬間、俺の脳内に、ある“ゴブリン的発想”が走った。
(これは捕まえて、監禁して、ゴブリンたちに拷問で、あんなこと……こんなこと……。)
「——しまった!!完全にゴブリン脳になってる……っ!」
いかんいかん。これは“旧俺”の思考だ。
前回の転生勇者がやった、めちゃくちゃにする序盤、よくない思想に染まりかけたのを思い出す。危ない危ない。
「……名前は?」
「アレス・スカーレットって名乗ってました!」
「……アレス……?」
その名は聞き覚えがあった。前回、俺と最も深く戦ったあの勇者と同じ名前だ。
だが、性別も違えば雰囲気も違うらしい。今度のアレスは女。しかも、泣き虫らしい。
「……部下ども、手を出すな。今回の勇者は俺が直々に相手する」
「えぇ〜!?」「捕まえて監禁チャンス逃すんスか!?」「また趣味に走ってる〜!」
うるさい。どうせお前らが相手してもグダるだけだ。
これは俺にしかできない“指導”が必要な案件だ。
やがて、震える気配とともに、一人の少女が玉座の間に足を踏み入れた。
赤毛の巻き髪、上等そうな騎士鎧に身を包んではいるが、明らかにビビっている。
視線は泳ぎ、足元もフラフラだ。まさに小動物のような勇者だった。
……こんなんで、どうやって世界を救う気なんだよ。
俺はそれでも、演出としてテンプレ通りのセリフをぶちかました。
「ふふ……よく来たな、勇者よ。貴様の運命はここまでだ!死ねぇぇぇッ!」
洞窟に響く怒号。完璧な“かませ”の決まり文句。
さあ、ここから剣を抜いてくるか?震えながらも意地を見せるか?
——しかし、彼女は。
「っひぃぃぃぃぃぃ!! ご、ごめんなさい!ゆ、許してくださいっ!命だけは!命だけはぁぁぁ!!」
そのまま、泣きながら逃げた。
ダッダッダッダッ!
玉座の間を後にする少女勇者の足音だけが、むなしく響いた。
……マジか。逃げた。弱いよ俺。
あまりの展開に、部下のゴブリンたちはしばし呆然。 しかし数秒後。。。。
「ぷっ……」「ぎゃはははははっ!!」「お腹痛いぃぃ!!」
爆笑の嵐が巻き起こった。
「あれが勇者!?」「もう伝説入りでしょあれw」「ホブ様、怖すぎwww」
ゴブリンの部下の魔物どもがゲラゲラ笑っている。だが、俺は笑えなかった。
逃げる直前の、あのアレスの顔。
怖くて、悔しくて、それでも立ち止まってしまった少女の姿。俺の目に焼き付いていた。
「……これは……教育が必要だな」
俺は静かに立ち上がった。玉座の岩がきしむ音がやけにでかく聞こえる。
「泣き虫の勇者を一から鍛えて育て直す。今度こそ、真の英雄にしてやる」
そう呟いた俺の脳裏には、かつての戦友たちの顔が浮かんでいた。
オークのデフリー。リザードマンのエミリー。トロールのコニちゃん。エルフのティリス。
頼りになる、最高にうるさくて騒がしい仲間たちだ。
「集めるぞ。今度は“魔王討伐の勇者支援部隊”を、俺たちで作るんだ」
かくして、2周目の物語が幕を開ける。
ホブゴブリンの俺が、泣き虫の女勇者を“英雄”へと育てあげる、
これは、そんなちょっとズレた“勇者育成ファンタジー”である。




