第14話 最後の盾
玉座の間には、もう誰の声もなかった。
崩れた石。倒れた仲間たち。
砕けた杖。裂けたマント。
そして、向かい合う二人、勇者アレスと、ゴブリンロードとなった護だけが立っていた。
「……よう耐えたな、護」
アレスは血に染まった剣を肩に担ぎながら、うっすらと笑った。
その目には、ほんのわずかな“敬意”さえ浮かんでいた。
「ワイもそろそろ疲れたし、次で終わりにしよか。お互い、ボロボロやろ」
護は肩で息をしながら、盾を掲げた。
全身は傷だらけ。片脚はもう力が入らず、震えている。
それでも、まだ倒れない。
仲間の命の上に、まだ立っていた。
「俺が、最後の……“盾”になる。」
「……ええわ。その盾、ぶっ壊したる。これが……ホンマの決着や!」
二人が走り出し駆け出す。
音が、消える。
時間が、止まる。
アレスの剣が、黒く閃く。
護の盾が、光を帯びる。
その瞬間
ガキィィィィィン!!!
剣と盾が激突し、凄まじい衝撃波が辺りを吹き飛ばす!
床が割れ、壁が崩れ、天井から岩が落ちる。
そして――
「……ッ!!」
護の盾が、ついにバラバラと砕けた。
アレスの剣が護の肩を貫き、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。
「う……く、そ……」
地に伏しながらも、護の目には涙はなかった。
彼は守ったのだ。
誰かの仲間の命の時間を、わずかでも引き延ばしたのだ。
「よぉ……頑張ったわ」
アレスが、剣を引き抜きながらつぶやいた。
だがその瞬間
「ぐっ……!?ゴホッゴホッ 」
アレスが、唐突に咳き込んだ。
血が口から大量に噴き出した。
「な、んで……?」
膝をつく。
剣が落ちる。
目を見開き、ふらつく身体を押さえながら、アレスが脇腹を見た。
そこにはマントによって隠されていた。
光の矢が、深々とわき腹に突き刺さっていた。
「これは……ティリス……の……?」
ふと、遠くに倒れたティリスの姿が見える。
彼女は、最後の魔力を使って、氷の矢を変換した光の一矢を、アレスの脇腹へと放っていたのだ。
仲間を守る、その一心で。
「クソッ……最後の最後まで……レアキャラちゃんは、やりよるなぁ……ワイの女にはならへんし」
アレスの口元が、かすかに笑った。
そして、
彼は震える手で、自らの剣を拾い上げた。
「でもな……お前の剣じゃ、ワイを殺されへんでぇ……」
護の亡骸に語りかけるように、ぽつりとつぶやく。
「この結末はな……ワイが決めるんや」
そして、アレスは、迷いなく自らの喉に刃を向けた。
「ほな、先行っとくで……仲間を信じたアホども……」
――シュッ
剣が喉を裂いた。
鮮血が飛び散り、アレスは静かに崩れ落ちた。
彼が最後に見たのは、瓦礫の中で、肩を寄せ合うように抱き合う護たちの魔物の仲間たちだった。
その顔に浮かぶ、安らかなそして、どこか温かな表情。
「護……ほんま、羨ましかったんかもな……ワイも……」
勇者アレスの目が、静かに閉じられた。
こうして、終わりを迎えた。
正義と狂気の戦い。
信じる者と、信じられなかった者の、悲しき終着点。
玉座の間には、静寂だけが残っていた。
だが
その静寂の中で、時空が裂け、あの者が動き出した。