第1話 『俺、ホブゴブリン。人生二周目、絶望スタート』
人間だった頃の俺の名前は、菊池 護。
38歳。妻も子もいない独身男。誇れるような人生じゃなかった。
大学を出て中堅の広告会社に就職したものの、仕事は激務、上司はパワハラ、部下は言うことを聞かない。日々仕事をなすだけの大量の案件。理不尽なクライアント。終わらない深夜残業。
それでも「大人だから」「社会人だから」と自分に言い聞かせて、感情を押し殺して働いた。
目の下のクマが定着し、胃薬を常備しながら「仕事が生きがい」なんて嘘をついた。
そして、ある夜。
駅のホームでふらっと意識が遠のいて、次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
「心筋梗塞の兆候があったけど、発見が遅かったですね」と医者が言っていた気がする。
でももう、耳に入らなかった。
ただ、白い天井を見上げながら、
「ああ、俺の人生って、いったい。なんだったんだろう」
と、ぼんやり思っていた。
頑張って、我慢して、誰かのために尽くして、何も残らなかった人生。
ならせめて、生まれ変わった次の人生は
……そのときだった。
目を覚ました瞬間、俺の鼻をついたのは、土と苔と血のにおい。
体は重く、指は太くて毛深い。目に入るのはじめじめした洞窟の天井。
「……うわっ、なにこの体……!」
水たまりに映った俺の姿は、緑色の肌に出っ張った鼻、鋭い歯を持つ……魔物。
そう、俺はなんと!「ホブゴブリン」として転生していた。
さらに追い打ちをかけるように、思い出してしまった。
この場所。この景色。この体。
俺が昔遊んでいたゲーム『伝説のブレイブ・レガリア』の、あの序盤の森の奥にある洞窟のダンジョン。
そしてホブゴブリン
「……このゲーム、俺、知ってる……。やべぇ……俺、最初に勇者に倒されるボスじゃねえか……!」
レベル5くらいの勇者が来て、経験値とアイテムを得るためのかませ犬。
セリフも決まっていて、
「よく来たな勇者。お前の運命はここまでだ!死ね!」
だが能力が弱い。
何度やっても瞬殺されるボス。
それが今の俺だった。
「なんだよそれ……ふざけんな……」
またか。
また俺は、役割を与えられて、誰かの物語の踏み台になるのか。
俺の人生は、前も今も、誰かの都合で消費されるだけのモブなのか。
だが、そこでふと、湧き上がった感情があった。
嫌だ。
今度こそ、俺は俺の物語を生きたい。
人間としての人生は、従って終わった。
でも、ホブゴブリンとしての人生は、まだ始まったばかりだ。
3年後に勇者が来るなら、それまでに準備すればいい。
罠でも、仲間でも、知識でも、何でも使って、生き延びてやる。
いいや勇者を倒してやる。返り討ちだ。
「俺は、ホブゴブリンだ。でも、負け犬じゃない」
この世界で、俺はもう一度、洞窟のボス、ホブゴブリンとして生き直す。
こうして俺、菊池護改めホブゴブリンである護様の、死にたくない系逆転成長物語が始まった。