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逆さまの蝶  作者: あさき
19/22

7.3

春の風が、制服の裾をかすかに揺らしていた。


桜の木の下に並ぶ新入生たちの列に、沢城和音は無言で立っていた。

周囲には見知った顔ばかり。

中学のときと同じクラスメイトがちらほらいて、その中心で田中が軽く手を振っていた。


「沢城!こっちこっち!」

声をかけてくる田中に、和音は小さく手を上げて応える。

特別な感情はなかった。

ただ、想像していたよりもずっと“いつも通り”だった。


朝、制服に袖を通したときは、もっと特別な何かがあると思っていた。


新しい始まり。

新しい人間関係。

新しい空気。

そんな漠然とした「非日常」を期待していたのかもしれない。

けれど、正門をくぐった瞬間に、その期待は肩透かしのように霧散した。


(…中学の延長線上、ってとこだな)

ざわめきに溶けるような思考。

新鮮味はなかった。むしろ、思った以上に何も変わっていなかった。



体育館へと移動する列の中でも、周囲の友人たちは変わらず、くだらない冗談を言い合っている。


「あの子可愛くね?」

友人の一人が誰かを指差しながら言った。


「誰指差してんのかわかんねーよ」


「あの髪長い人だって!」


田中が、いやあの子の方が可愛い、と早速知らない女子の話題で盛り上がる。

和音はただ、その様子を目の端でとらえながら、歩を進めていた。


しかし、体育館の扉が開いた瞬間——ふっと、息が止まった。

天井が高い。光が広く、静かに差し込んでいる。

知らない空間。知らない匂い。知らない音の響き。


友人達もそう感じたのか、一瞬にして雑談が終わる。

淡々と進行する入学式の中で、和音にとって唯一新鮮だったのは、その広さと静けさだった。

それが逆に、自分がどこか新しい場所に立っていることを、ほんの少しだけ実感させてくれる。


周囲の顔は変わらない。言葉も変わらない。空気すらも、ほとんど馴染み深い。

けれどこの体育館の天井だけは、自分に「ここはまだ知らない場所だ」と告げていた。

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