表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逆さまの蝶  作者: あさき
17/22

7.1

夢の最後の景色が、まだまぶたの裏に焼きついていた。


静寂。

何もない丘。

手の中から消えた光の感触だけが、妙に鮮明だった。



和音はゆっくりとまぶたを開けた。


カーテン越しに差し込む朝の光が、部屋の空気を淡く染めている。

鳥の鳴き声、遠くの車の音、家のどこかで誰かが動く気配。

すべてが現実の証のようで、それでもまだ心の奥では夢の続きを探していた。


喪失感だけが、しっかりと残っている。

心の深い場所に、小さな穴が開いたような感覚。


「……如月さん」


自分でも気づかぬほど小さな声が、部屋の中でかすかに消えた。


スマートフォンを手に取り、時間を確認する。

8時16分。

カレンダーの文字が目に入って、ようやく思い出す。ーー今日は高校の入学式だ。


ぼんやりと昨日のことを振り返る。

田中が言っていた。

「それ、一目惚れってやつだろ」

その相手はーー如月雫(きさらぎ しずく)

丘の上で出会った、あの静かな少女。


ほんの数回言葉を交わしただけのはずなのに、彼女の存在は和音の中で妙に大きく、深く残っている。

名前を思い出すだけで、胸の奥がふわりと揺れた。


「……」

起きないと。


心の中でつぶやき、布団から体を起こす。

眠気が抜けきらないまま洗面所に向かい、顔を洗うと、ようやく頭の中に朝が訪れた気がした。


制服に袖を通し、鏡の前に立つ。

まだ馴染まないブレザーの肩に違和感を覚えながら、和音はじっと自分の姿を見つめる。


今日は、はじまりの日。

けれどその始まりは、どこか終わりのあとに訪れたような、そんな気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ