7.1
夢の最後の景色が、まだまぶたの裏に焼きついていた。
静寂。
何もない丘。
手の中から消えた光の感触だけが、妙に鮮明だった。
和音はゆっくりとまぶたを開けた。
カーテン越しに差し込む朝の光が、部屋の空気を淡く染めている。
鳥の鳴き声、遠くの車の音、家のどこかで誰かが動く気配。
すべてが現実の証のようで、それでもまだ心の奥では夢の続きを探していた。
喪失感だけが、しっかりと残っている。
心の深い場所に、小さな穴が開いたような感覚。
「……如月さん」
自分でも気づかぬほど小さな声が、部屋の中でかすかに消えた。
スマートフォンを手に取り、時間を確認する。
8時16分。
カレンダーの文字が目に入って、ようやく思い出す。ーー今日は高校の入学式だ。
ぼんやりと昨日のことを振り返る。
田中が言っていた。
「それ、一目惚れってやつだろ」
その相手はーー如月雫。
丘の上で出会った、あの静かな少女。
ほんの数回言葉を交わしただけのはずなのに、彼女の存在は和音の中で妙に大きく、深く残っている。
名前を思い出すだけで、胸の奥がふわりと揺れた。
「……」
起きないと。
心の中でつぶやき、布団から体を起こす。
眠気が抜けきらないまま洗面所に向かい、顔を洗うと、ようやく頭の中に朝が訪れた気がした。
制服に袖を通し、鏡の前に立つ。
まだ馴染まないブレザーの肩に違和感を覚えながら、和音はじっと自分の姿を見つめる。
今日は、はじまりの日。
けれどその始まりは、どこか終わりのあとに訪れたような、そんな気がした。