6.季節の終わり
日々は、静かに、確かに重なっていった。
言葉は少なかったけれど、並んで座る時間は、少しずつ長くなっていった。
何気ないことをぽつぽつと話したり、同じ本を読み合ったり、風の音に耳を澄ましたり。
ただそこにいるだけで、満ちていくような時間だった。
春の空気は柔らかく、風は日に日にあたたかくなっていった。
そして、気づけば3月も終わりがすぐそこに迫っていた。
その日も、同じように、和音は丘へ向かっていた。
空は澄んでいて、夕暮れの光がうっすらと差している。
いつものように、少し早足でベンチを目指す。だけど。
……いない。
白いコートの姿は、どこにもなかった。
まだ時間が早いのかもしれない。
そう思って、しばらくその場に立ち尽くす。
ベンチの端に座って、空を仰ぐ。
けれど、時間が経っても、雫の姿は見えなかった。
初めてだった。
雫が、来ない日。
約束なんて、したことがなかった。
だから、来ると信じる理由も、本当はなかった。
けれど、そうして会ってきた日々が、どれほど確かなものだったのか――今、痛いほどに突きつけられる。
胸の奥に、じわりと広がる冷たいもの。
これが、恐怖なんだと思った。
“もう、会えないのかもしれない”
そんな考えが、ふいに頭の中をかすめた瞬間、全身が一気に冷えていく。
風はまだ吹いているのに、あたたかさが感じられなかった。
どこまでも続いているはずの空が、今日に限って、狭く、遠く感じる。
まるでこの丘が、世界の外れにある場所のようだった。
終わることのないと思っていた空が――
今日だけは、終わりを告げているような、そんな気がした。
夕焼けは、どこか色を失っていて、雫がいない丘は、光のない、ただの闇だった。
ベンチの上に残るぬくもりを探すように、そっと手を伸ばす。
でも、そこには何もなかった。
「……如月さん」
声に出してみる。誰も答えないと知っていながら。
風が返事のように吹いた。でも、その音も、今日はただ、冷たかった。
ーー夕暮れが、静かに、静かに、丘を包んでいく。