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逆さまの蝶  作者: あさき
12/22

5.変化

翌日。

風は昨日より少しだけあたたかくて、空には雲ひとつなかった。


和音が丘の坂を登ると、やっぱり、彼女はいた。

白いコートの裾をひらひらと揺らしながら、ベンチの背に肘をかけて空を見上げている。


その姿はまるで、季節の中に溶け込んでいるようで、

どこか現実じゃない世界から迷い込んできたような、不思議な存在感をまとっていた。


「来たんだ」


「……うん」


和音が隣に座ると、雫は顔を向けて、小さく笑った。


「今日の空、なんだかミルクみたいじゃない?」


和音は少しだけ眉を上げて、空を見上げる。

淡い水色に、ほんのり白がにじんで、どこかやわらかい。


「……ミルク、ね」


「そう。ミルクに、すこーしだけ青インクを混ぜたみたいな感じ」


「なんか、分かりやすいな」


「ふふ」

嬉しそうに雫が笑う。

つられて和音も、くすりと笑った。


「じゃあ……昨日の空は?」


「うーん……昨日はね、

レモンシャーベット、かな。

冷たくて、ちょっとすっぱい」


「例えのクセ強いな」


「沢城くん、真顔でつっこむのズルいよ」


無邪気に笑う雫の声が、風に乗ってやわらかく響いた。


沈黙が訪れても、それは気まずさじゃなく、ただ心地いい間のように流れていく。


「……如月さんは、音楽とか聴くの?」


ふと和音が尋ねると、雫は目を輝かせてうなずいた。


「聴くよ。最近はね……雨の音とか、焚き火の音とかばっかり聴いてる」


「環境音?」


「うん。なんか、気持ちが落ち着くから」


「……それ、わかるかも」


「ほんと?」


嬉しそうに頷く彼女の横顔を見て、和音はふと胸の奥が静かにあたたかくなるのを感じた。


「沢城くんは? なんか、こう……好きなものとかある?」


「……落ち着く時間、かな」


「ふふ、らしいね。君って、風が止まったときみたいな人だもん」


「それって……静かすぎるって意味?」


「ううん、違うよ。

止まった風って、なんだか次の瞬間に、何かが起こりそうでしょ? 

静かだけど、ちゃんと“動いてる”感じ」


和音は言葉に詰まりかけて、でもすぐに小さく笑った。


「……そんなこと、言われたの初めて」


「ふふ」

手を口に当てて、くしゃりと微笑む。


「沢城くんのこと、ちゃんと見てるもん」


その言葉に、どこか胸の奥がじんわりと熱くなる。


こんなふうに、会話のひとつひとつがどこまでも自然で、

だけど何気ない一言で、心がふわりと揺れる。


そんな時間が、静かに確かに、和音の中に積もっていった。


風が丘を吹き抜け、春の匂いをふたりの間に残していった。


ーー好きという感情が、少しずつ形を帯びていく。

雫という存在が、ただの“誰か”ではなくなっていくのを、

和音は自覚していた。

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