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逆さまの蝶  作者: あさき
11/22

4-5.非日常

彼女の「君に会えるかなって思って来たの」という言葉が、まだ胸の奥に残る。

僕は何も言えずに、ただ静かに微笑みを返すしかなかった。

それだけで精一杯だった。


けれど彼女は、僕の沈黙を否定しなかった。

むしろ、受け止めるように、そっと言葉を重ねてくれる。


「なんか変、だよね」

ちゃんと名前も知らないのにさ」


「……和音だよ。沢城(さわしろ) 和音(かずね)


名乗った瞬間、彼女の目がぱっと見開かれる。


「和音くん……うん、似合ってる」


彼女は小さく笑いながら、ベンチの上で指を少しだけ寄せる。

僕もそれに気づかないふりをしながら、同じように手を近づけた。


指先が触れそうで、まだ触れない。

けれど、今のこの空気は、それだけで充分だった。


「……じゃあ、君の名前も教えて」


その問いかけに、彼女は少し迷ったように目を伏せたあとーー、

小さく、でもはっきりと名前を口にした。


「私は(しずく)如月雫(きさらぎしずく)


まだ始まったばかりの、彼女との距離。

けれど確かに、今、少しだけ近づいたことを実感していた。


「……そっか」


それだけを、少しだけ照れたように、けれど確かに伝えた。

雫は何も言わず、ただ微笑んでいた。


風がふたりの間をそっと通り過ぎていく。

その風までもが、どこか優しく思えた。


ーー3月が、終わりに近づいていた。

けれど、ふたりの時間は、まだ始まったばかりだった。

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