0.境界線のない夜明け
空がまだ青とも白ともつかない色をしていた。
境界線のない夜明け。
世界はまるで眠ったままで、音も匂いも、何一つ動いていないようだった。
その朝、彼女は僕の腕の中にいた。
かすかに触れているだけの距離。
息遣いも感じられなくて、まるで夢の中の人みたいだった。
彼女の瞳は閉じられていた。
けれど、それは眠っているようには見えなかった。
感情を抜いた仮面のような無表情。
それなのに、どこか優しかった。
それなのにーーーどうしようもなく、遠かった。
「……寒いね」
風の音に混じって、かすれた声だけが零れた。
空気に触れてすぐ消えてしまいそうな声だった。
「……」
僕は答えなかった。
言葉はどこにも見つからなかった。
代わりに、彼女の手を探した。
指先はそっと重なったけれど、そこに熱はほとんど感じなかった。
遠くで鳥が鳴いた。
朝が始まる気配。
だけど、ここだけは時間が止まっているように思えた。
なぜこんな終わりが来たのかも、
いつから彼女の心が遠くなっていたのかも、
僕にはわからなかった。
答えるように、僕の指先を包むように、彼女の指先が動く。
まだ彼女を感じている。
ただ、もう彼女には触れられない。
それだけが確かだった。
それでも不思議と、ほんのわずか、心の奥で何かが囁いた。
またーー
いつか、どこかで。
そう言ってくれたような気がした。
でもその事実に、僕だけが触れられないと、思った。