僕らの爛れていない性生活 第9話「Prisoner2」
近藤の告白未遂から逃げかえった金曜日、母は家に帰ってこなかった。
深夜に電話が鳴り、母から祖父が死んだことを告げられた。
母が帰らないことをいいことにずっとまぐわい続けていた俺たちは母の言葉に凍り付いた。
どう受け止めるべきかも分らぬまま電話はすぐに切られてしまい、夜の静けさだけが残された。
二人で顔を見合わせたが、もとより俺たちにできることもすべきこともありはしないのだ。
「今日はもう寝ようか」
自然に口にした言葉は凜にもしっくりときたようで、俺たちはふたりでシャワーを浴びた。
一緒に風呂に入って乳繰り合わないのは、考えてみればこれが初めてかもしれない。
凜はずっと焦点の合わない目をどこかに向けて、キョトンとした顔をしている。
人が死ぬというのは本当によく分からないことだ。
今更ながらに、死ぬというのはどういうことなのか、二人では狭くて温かい湯船の中でぼんやりと考えていた。
いつものように凜の柔らかで艶のある髪を乾かしてやっていると、ようやく凜が口を開いた。
「おじいちゃん、死んじゃったの?」
その声はとても無垢に聞こえた。
「うん。お母さんはそう言ってたよ。詳しいことはまた電話するってさ。」
凜は俯いたまま小さな声で再び問う。
「・・・そう。お母さんは?」
ドライヤーを隅に置き、凜の髪に櫛を通しながら答える。
「お母さんはしばらくおばあちゃんのとこにいるってさ。おじいちゃん死んで寂しいだろうし、それに葬式の手配とか諸々残された遺族にはやることが多いんだよ。俺もよくはしらないけど。」
凜は大人しく俺に髪を梳かされながら、また少し間を置いて相槌を打つ。
「・・・そう。・・・じゃあ今日はお母さん帰らないんだ。」
独り言のようにも聞こえたから、俺は返事はしなかった。
熱に浮かされたような気分の中、自分の部屋の前で凜におやすみを言おうと振り返ったが、凜はそこから動かない。
凜の言わんとすることはすぐに分かったが、凜の可愛らしいつむじを眺める俺の心にはずっと言い知れぬ罪悪感があった。
互いに何も言わず、凜は俯いたままで、どれだけ経っただろう。
そのうち焦れて、凜は一人で寝ると思っていた。
「一緒に、寝ようよ」
甘えているのではない。
凜は悲しんでいるようだった。
俺はそのことにひどく面食らった。
凜は細い指で俺のパジャマの裾を摘まんだ。
俺はその手をそっと取る。
凜ははっとして体を震わせたが、俺はその不安をすぐに拭い去るように手を引いて自分の部屋に入れた。
凜の細く熱い体を胸に抱くと、心は落ち着いた。
落ち着いて、罪悪感と向き合っていた。
眼が冴えてまどろむことができない中、凜の寝顔が安らかであったことがせめてもの救いだった。
長いまつげがそっと伏せられ、ふっくらした頬が自分の胸に押し付けられて小さな口が可愛らしく小さく開いている。
そんな凜の寝顔をずっと眺めていた。
翌日、いつ眠ったのかは分からないが、昼前には目が覚めた。
気だるさは残っていたが、目は冴えていて眠くはなかった。
隣では、寝づらいだろうに、俺の腕を枕にして凜がまだすやすやと寝息を立てている。
「凜、凜、朝だよ」
ゆさゆさとかるく揺すってみると、凜は目を閉じたまま眉根を寄せる。
まだ割としっかり眠っているようなので、そっと凜の頭を腕から下ろし、ベッドから降りる。
凜の頭をどかす時に気が付いたが、痺れて左腕の感覚がなかった。
カーテンを開けると、外はカラッと晴れ上がっていて気持ちよさそうだったが、換気用に窓を開けると肌寒い風が吹き込んだ。
もう過ごしやすい季節も終わるころのようだ。
窓は半開きにしたまま部屋を出る。
行きがけに凜を振り返ると、布団をしっかり被り直していた。
洗面所で顔を洗い、歯磨きをする。
鏡に映る自分の顔色は普段よりむしろ良いようにさえ見えた。
ふわふわとした気分は昨日から変わっていない。
リビングのソファに腰かけ、野菜ジュースを飲みながらぼーっと何も映っていないテレビを眺めていると、家の電話が鳴った。
母からだ。
一晩経って落ち着いたのか、母は昨夜よりも随分とゆっくりとした口調で、今後のことを俺に伝えた。
最後に大丈夫?と聞かれて、すぐに大丈夫と応えた。
ちょうど電話が終わったタイミングで、まだぼんやりした様子の凜がリビングに降りてきた。
ソファに座ろうとするので、背中を押して洗面所へ連れていった。
戻ってきて野菜ジュースをちびちび飲む凜の髪を梳かしてやりながら、母から伝えられたことをそのまま凜にも伝えた。
「通夜はしないってことは、お葬式行っておしまいってこと?」
「多分。週明けに小さい葬式して、そのあとおじいちゃんの兄弟とか親戚の人たちとご飯食べて帰るだけだと思う。お母さんそのあともしばらく帰らないけど大丈夫か?」
訊く必要がないことだけれど、話しているとつい口に出してしまった。
母もこんな感じだったのだろう。
「大丈夫」
案の定凜はすぐにつんとして答えた。
昼ごはん以降はそれぞれ自室で過ごした。
俺も凜も普段から勉強はそれなりにちゃんとやる方だったし、俺が一人になりたそうだったのを察したのだろう。
頭のなかで凜のこと、おじいちゃんのこと、近藤のことがぐるぐると廻った。
廻るだけ廻って何も分からぬまま晩御飯を作って、またテレビを見ながらぽつぽつとした会話が交わされた。
凜のキャミソールにパーカーを羽織っただけの無防備な部屋着姿を見ていると、無性に人肌恋しくなって、その小さく細い手に自分の手を絡めたいという思いを抑えるのに精いっぱいだった。
凜はほんの少し眉をひそめてこちらを窺ってはいたが、昨夜のように甘えてくることはなかった。
凜は今何を思っているのだろう。
興味なさげにぼーっとテレビを眺める儚くも美しい横顔に久しぶりに凜の顔を見たような錯覚に陥った。
「あ、やっと見た」
凜と目が合った。
凜は小さく嘆息して、それから何も言わなかった。
俺は面食らったが、なんだか少しスッキリした気がした。
家事というのは本当に時間を食うといつも思う。
日曜日の午前中は、洗濯して掃除機をかけて風呂とトイレを洗ったらそれだけで終わってしまう。
昼はちょっと季節外れじゃない?なんて言われながら、棚に残っていた素麵を二人で食べた。
俺も凜もなんだか少しよそよそしくなっていた。
昼ごはんのあと、俺が片づけをしている間凜はつまらなそうにテレビを眺めていた。
今凜と同じ空間に長くいるのはいささか気まずい。
食器を棚にしまうと、凜が何か言うより先に散歩に行ってくると言い残して家を出た。
凜は何か言いたげに口を微かに開き、真っ黒な瞳を殊更に大きく開いていたが、追ってくることはなかった。
やはり外は冬が近づき肌寒くなってきている。
コートも羽織らずに出てきたことを少し後悔しながら、行く当てもないので凜に言った通り家から続く道をただ歩いていく。
住宅街から公園、商業エリアを通って、駅を過ぎ、少し緑が多くなってきた辺りで、奥歯に挟まっていたような思考を取り出した。
大して悲しんでいるという訳ではない。
それでも、まずはおじいちゃんとの思いでについて振り返るべきと思った。
感情とに関わらず、よくしてもらったし俺も好きだった。
きちんと葬式の前に向き合って、式に臨む心積もりをしておきたかった。
小さな建設会社などの社屋が立ち並ぶエリアを抜けるころには、大方の思い出を出し尽くしていた。
そういえば、年に数回会うくらいで、会いに行ってもおじいちゃんとはずっと一緒に居たわけではないのだ。
思い出すべきことなどそれほど多くはない。
事前にちゃんと全部振り返ることが出来て良かったと思った。
歩いている内に体は温まり、少し足が痺れてきた。
ちょうどいいところに公園があったので、誰もいない公園全体を見渡せる端のベンチに腰かけた。
無人の公園のベンチにも、微かな喧騒がどこか遠くから聞こえてくるようだった。
おじいちゃんが亡くなったことで曖昧になっていたが、凜は結局あのことをどう捉えているのだろうか。
いや、それも切り口が違う気がする。
俺は今後、凜とどう向き合うべきなのだろうか。
何百何千と繰り返してきた問をまた頭に浮かべる。
近藤からの好意を、凜があんな風に拒絶するとは思わなかった。
そういえば近藤の目には、俺たち二人の姿がどう映っただろうか。
最後のあの問は、普通の兄妹には見えなかったということなのだろう。
答えの出ない問題に頭をぐるぐると廻らせて、どれだかたったのだろうか。
いつの間にか日が傾いて来た頃に、突然携帯が鳴った。
「どこ行ったのおにいちゃん⁉」
凜の声は怒っているように聞こえたが、同時にそれだけではないような震え声だった。
「ああ、ごめん。ちょっと散歩に夢中になりすぎてさ。結構遠くまで来ちゃったんだ。今帰ってるところだから、もうちょい待ってて」
さらりと嘘を吐いた。
だがお姫様にはそんなちんけな話などどうでもいいらしい。
「別に待ってないから!早く帰ってきて!」
それから最後にこう付け加える。
「ダッシュで!」
一方的に捲し立てて、一方的に電話を切られてしまった。
ちょうど堂々巡りでどうしようもなかったところだ。
俺はすこし恥ずかしかったが、言いつけ通りに走って家に帰った。
走っている内に、蟠っていた気持ちは晴れていて、家に帰るころには肩で息をしながらも気分はとても満足していた。
月曜日の朝、俺たちは制服でいつもとは反対の方向に向かって出発した。
徒歩10分ほどの位置にあるバス停から最寄りの駅まで出て、そこから母の実家の県までの新幹線に乗る。
母が予約してくれていた切符通りの時間にきちんと間に合い、ざわざわと騒がしいながらも在来線ほどの混雑はないホームで列車を待つ。
「新幹線って、私修学旅行以来かも」
新幹線のドアを潜りながら凜が壁を見つめてそう言った。
「あー確かに、俺ら旅行とかあんまり行かないもんな」
片親の家庭で家族旅行に沢山行くところは少ないだろう。
凜はどうでもよさそうに俺の手を取って、席の方へと歩いていく。
急に触れた凜の小さく滑らかな手の感触に驚いたが、凜が強くその手を引くので抵抗する間もなく指定席のエリアのドアを潜った。
凜のゆさゆさと揺れる長い黒髪を眺めながら周囲からの視線に怯えていた。
手のひらを通してそれが伝わったのか。
「誰も気にしないでしょ」
硬い感情の読み取れぬ声で凜がつぶやいた。
席についてからも、絡めた指が離れることはなく、列車を降りる時まで、右手には凜の温もりが閉じ込められていた。
列車を降りたらひとまず、これまた母が予約してくれたホテルに荷物を置きに行く。
母からタクシー使用の許可が下りているので、ありがたく駅でタクシーを拾ってホテルに直行。
荷物を置くとすぐに式場まで、これまたタクシーで移動した。
午前9時半、式の開始は11時からだが、受付をやって欲しいとのことだったので、諸々の準備があることも考えて早めに来るよう言われていた。
とは言っても、葬式に参加するのは俺が物心つく前に参加したらしい曾祖母の式以来で、もちろん記憶などないし凜に至っては初めてだ。
何をすればいいのかもよく分からない。
一応事前に調べてきてはいたが、おばあちゃんの親戚ばっかりだから大丈夫という言葉には不安しかなかった。
式場は小さな市民館くらいの大きさの建物で、中に入ると広間のような部分と、カーテンで仕切られた式場がある。
式場には既に椅子が並べられていて、椅子の先には祖父の遺体が入った棺と遺影や焼香、花などが飾られている。
祖母との挨拶もそこそこに、祖父の顔を見た。
まるで生きているように見えるのに、首の位置だけが妙にずれていたのが印象的だった。
今は待ち時間で、何をしていいかもわからず祖父の顔をただ眺めていると、凜に腕を掴まれた。
袖を摘まむとかでもなく、しっかりと腕を掴む辺りが不遜で愛しい。
振り返って見た凜は下を向いていて、伏せられた目は祖父の顔を見てはいなかった。
やはり遺族は忙しいようで、直前まで母と祖母は何事かを式場のスタッフと話し合っており、他の参列者が来るまで俺たちは控室である小さな和室でお茶をすすっていた。
当然というかなんというか、受付において喋るのは基本的に俺の役割だった。
凜は名前を記帳してもらったり香典を受け取ったりした後に返礼品を渡すだけの役割で、それまでの挨拶から名前を書いてもらって香典を受け取るまでの全てを俺一人でやらなくてはいけないらしい。
別にそれほど大変なことではないはずだが、一度くらい誰かがやっているのを実際にみて参考にさせてほしかった。
マナー講座などのような会話を本当にするはずがない。
俺の予想は的中し、事前に調べた流れなど何の役にも立たなかったが、不安もまた無用の長物だった。
向こうが普通に親戚とかとしてラフに挨拶してくる上に、勝手に記帳して香典もさくっと渡してくれるので、堅苦しくなくて気持ちがとても楽だった。
それでも初めて会う祖父の兄妹やその子供、とは言っても俺たちよりは随分年上の、が多くて凜はまた分かりやすくカチコチに緊張してずっと俯いていた。
意識して俺の後ろに隠れないようにしていたのだろうが、明らかに距離が近づいていたのがいじらしくてかわいかった。
その後行われた式は、喪主の挨拶で泣いていた以外は思っていた以上に起伏のないものだった。
使い方もよく分からない数珠を渡されて、それをもったまま長々とお経を聞きながら、見よう見まねで焼香を上げて、再びお経を聞く。
それが終わると棺に花を入れた。
棺の蓋が開けられると、祖父の姉が泣き出し、釣られて何人か涙を零していた。
そんな中で俺が祖父に近づくことが躊躇われて、花は係の人に手渡された一凛だけを供えた。
凜も涙ぐんでいたが、残った花を棺に入れるのには参加せず、俺の袖を掴んだまま、じっとそばにいた。
最後に祖父に別れを言う人たちが落ち着くと、棺の蓋を閉め、男達で棺を霊柩車の中へと運んだ。
皆で持っているからか俺はほとんど手を添えているだけだったが。
火葬場に行くバスに乗り込んだのは、式場にいた半分ほどの人たちで、道中では誰も喋らず、触れ合う強張った凜の肩の感触だけを確かめていた。
火葬場に着くと、感傷に浸る間もなく速やかに銀色の大きな扉が付いた炉の中へと棺が入れられ、俺たちは葬儀場よりも幾分広くて明るい控室に通された。
椅子と机が3つ置かれているだけのその部屋で、置いてある茶と菓子を摘まみながら、ぽつぽつと祖父の話をした。
俺は主に相槌を打ってにこやかにしているだけだったが、俺の隣の部屋の隅に座る凜は、また一言も話さず、机の下で俺の手をにぎにぎしていた。
親に隠れてこんなことしているだけでもドキドキするのに、その上手持無沙汰だからかしょっちゅう手の握り方を変えたり、握っては離したりと、こそばゆさを堪えるのに必死だった。
40分ほどと言われていたが、1時間を過ぎても呼ばれる気配はなく、1時間半ほどしてやっと最初に行った炉の前に戻ってきた。
取り出された骨はほとんどが原型を留めていなかった。
初めて見るため一般的にはどのくらい形が残るのか分からなかったが、壺に骨を収めて係のおじいさんの話では歳も歳だから骨が弱っていて、みんなこんなもんだと言っていた。
若い人だともう少し形が残るのだろうか。
どの骨がどこの位置の骨で、下から順に入れていきますみたいな説明をされて、ある程度入れたところで遺族が骨を収めた。
渡された箸で凜と二人で一つだけ拾った。
ここでも、俺がこの作業に携わるのは気が引けた。
最後に係のおじいさんが、頭蓋骨を蓋するように壺に納めて納骨は終了した。
係のおじいさんが意外と手で骨を入れていたことと、向きだとかなんだとか色々言いながら、壺に収まるように骨をぐしゃぐしゃ砕いていたことが印象的だった。
その後、行きと同じバスに乗って葬儀場へ帰ったのだが、行きに比べてバスの雰囲気が心なしか晴れやかに感じた。
隣に座る凜の触れ合う肩もいつものような柔らかさに戻っていた。
式場に着くと、上の階にある折り畳み式の長机の上に豪勢な弁当が用意されていて、みんなでそれを食べた。
食べる前に母が献杯の音頭を取るべく少し話をしていたが、喋っている内に嗚咽を漏らしていて、話始めるとダメですねなんて言っていた。
凜も赤い目を擦って、小さな口でむぐむぐと弁当を食べていた。
先ほど控室であれだけ話したのに、話というのは尽きないものらしく、その間も祖父の話が止むことはなかった。
またぞろ相槌を打つばかりで疲れてきたころ、食べ始めてからちょうど1時間ほど経ってその日は解散となった。
今日初めて会った親戚に凜の手を引いて挨拶をして、手土産のようなものらしい海老煎餅を貰って、母と一緒に祖母の家に寄った。
一緒に晩御飯を食べるためにホテルのチェックアウトを明日にしたらしい。
母なりの祖母への気遣いなのだろうか。
居間と台所の間くらいにある戸棚に仏壇が置いてあり、そこに骨壺が置かれた。
時刻はまだ15時と夕飯までは時間があったが、凜は居間に体操座りで座り込んでぼーっと仏壇を眺めていた。
俺も居間のソファに座って、凜の細い背中と小さな後頭部に繋がるうなじを眺めながら、感慨に浸っていた。
人が突然死ぬことではなく、あまりに呆気なく式も火葬も過ぎ去っていたことに漠然とした驚きを感じていた。
そのまま何をするでもなく居間に座ったまま、たまに祖母と喋ったりしている内に夕飯になり、久しぶりに母の手料理を食べた。
祖母も言っていたが、大してうまくない。
近頃は日が暮れるのも早くなってきて、俺たちがホテルに戻るころには外は真っ暗だった。
お互い、もう母に隠れていちゃつくスリルを楽しむような時期は過ぎていたが、今日の凜はタクシーに乗って以来、殊更に俺にべったりだった。
「どうした?」
「いいでしょ別に。おにいちゃんも喜んでるんだから。」
「ほんと内弁慶だな」
親戚の前で借りてきた猫のように大人しかったことを揶揄うと、絡めた腕をつねられた。
それにしても今日の凜はしっとりしている。
いつものように妖艶に求めるわけでもなく、こないだのように苛烈に責めるでもなく。
身体を寄せ、肩に頭を預けて、じっと触れた熱を確かめているような。
今日は思考が移ろい気味だ。
金曜の凜を思い出して、今日学校を休んでいることを思い出した。
担任には当然理由を伝えてあるが、それをわざわざクラスの人間に伝えるようなタイプではない。
近藤が妙な勘違いや気遣いをしなければいいのだが。
どちらにせよ、ここまで対応が遅れてしまっている時点でスムーズにはいかないか。
いや、そもそもどうするかも決めていないし、関係を白紙に戻すだけなら難しいことでもない。
目指す先のない問題に憂鬱な気分になり、慰めに凜の頭を撫でる。
艶のある髪と形のいい頭がすぐに気持ちを落ち着かせてくれるが、数秒もしないうちにぱちっと手を叩かれた。
「他の女のこと考えながら触るな」
上目遣いにジトっとこちらを睨んでいる凜。
「分かるのか」
「分かりますけど」
怒りながらも何も言ってこないのは、それが近藤のことだと分かっているからだろうか。
自分にも責任があるからと。
・・・それは凜の考え方ではないか。
タクシーがホテルに着き、俺たちは腕を組んだまま部屋に戻った。
スーツを脱いでハンガーに掛け、凜に手を引かれるままに二人でシャワーを浴びる。
凜が股間に手を伸ばしてきたので、今日はやる気らしい。
「おっふ」
「ちょっと、気持ち悪い声出さないでよ」
凜が嬉しそうにけらけらと笑った。
凜は気分が晴れたのか、久しぶりに笑顔だ。
シャワーで温まり、ほんのりと頬を赤く染めながら目を細める凜。
促されるまま凜の体を撫でまわしながら、俺も色々と吹っ切れてきた。
いやに懐かしく感じる凜のぷにっとした柔らかい唇と、肉厚でちょっと短い舌の感触を堪能しながら、髪も乾かさずにベッドに移動した。
夢中になって互いを貪って、少しペースが落ち着いて来た頃、凜が上になってくれた時にふと今日の日中には祖父の葬式に参加していたことを思い出した。
俺は今こんなことをしていていいのだろうか。
そんな思いとは裏腹に体位を変えてまた凜に挿入する。
こういう考えは浮かんでは消えていく。
きっと明日もまたなんでもない顔をして学校に行く。
じっとり汗ばんだ体を重ねて横たわりながら、変わる隙も与えぬままに過ぎ去っていく時間を思った。