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初めての異世界人は金髪美人の女騎士だった

「ふははは……はあ」


 さんざん高笑いしたところで、頭が冷えた。

 とりあえず血で濡れた靴が気持ち悪い。

 勢いに任せてあんなことしなければよかったと、早速後悔が押し寄せる。


「しかし……どうやって人間を探そう?」


 川の水に足をつけて、ぼうっと空を見る。

 さっきよりも太陽の位置が低い。

 このまま見知らぬ場所で野営は嫌だ。


「……そうだ」


 ミミズを取って、川に浸す。

 するとまた魚が寄ってきた。

 相変わらず、食べたあとは微動だにしない。


「君、人間のいる場所まで案内できるか?」


 38歳のおっさんが魚に話しかけるなんて、日本じゃ通報モノだろう。

 ただ、今回ばかりは私の勘が冴え渡っていると褒めてほしい。


「おっ!」


 まるで理解した合図のように魚が跳ねる。

 そのまままっすぐと川上に向かって泳いでいった。

 幸先が良い。

 この営業スキルは使い方によっては世界を掌握できるかもしれない。


「なんて、そんなわけないか」


 さすがに大げさすぎるな。

 それでも価値がない人間と会社に判断された私には、嬉しくてたまらない。

 気が大きくなるのも許してほしい。


「もし、この状態で日本に戻ることができたなら……」


 いつか憧れたビジネスマンに自分がなる姿を想像する。

 飛行機に乗って、世界を巡り、資源と素材を調達して莫大なお金を動かす。

 美咲も会社のヤツらも、驚いて目を丸くするかもしれない。


「はは、まさに捕らぬ狸の皮算用だな。まずはここでしっかり生きないと」


 親はまだ生きてるし、別に天涯孤独という身でもない。

 それがいきなり知らない世界に放り出されたんだ。

 もっとパニックになって、神様に悪態をついても文句はないだろう。

 でも、そんな気にはちっともならない。

 だって、一人で生きていけるだけの力を授かったんだ。


 いまは、ただ──それが無性に嬉しかった。




        ◆     ◆     ◆




「あれは……」


 しばらく川沿いに歩いていくと、舗装された道が見えた。

 間違いなく、街が近いんだろう。

 案内は済んだとばかりに、さっきの魚が川で跳ねた。


「ありがとな!」


 適当に石をめくってミミズを捕まえる。

 礼として川に放り投げると、器用に空中で食いついた。

 陽光に反射するエメラルドグリーンの鱗が綺麗だ。


「……町で売れたりしないかな?」


 きっとこのスキルがあれば商売には困らない。

 初めて物を売ったときのような高揚感が湧いてくる。


「ふふふ」


 舗装された道を鼻歌まじりに歩いていく。

 道の外れはすぐ木に覆われていて、鬱蒼とした森に繋がってる。

 熊でも出てきそうだ。


「なんでもかかってこいってか」


 気が大きくなったのは、スキルの実用性のおかげだろう。

 この魔法のような営業スキルがあれば、襲われても無傷でいられる。

 我ながら現金な性格だと、少しばかり笑けてくる。


「ん?」


 ふと、見上げた先。

 空に白い煙が見えた。


「あれって……焚き木か?」


 ようやく人に会えるかもしれない。

 しかもこの異世界で。

 心臓の音が自分でもわかるほど大きくなっていく。


「……あの」


 森に少し入っていくと、開けた場所があった。

 そこに焚き木を囲む、女性が二人いた。


「──貴様、何者だ」

「あ、あ……っ」


 真っ先に立ち上がった人物は完全武装していた。

 銀色の鎧と肩当て。分厚い剣をこちらへ向ける。

 金色の髪が風になびき、青い瞳が私を睨む。


「………っ」


 息をのむ。

 待ち望んだ光景なのに、うまく声が出ない。


「──見慣れない格好……魔術師か」


 騎士姿の女性が剣を構えても、私はまだ呆然としていた。

 だって……。


「え、エルフう!!?」


 アニメや映画で憧れた、あの耳の長い美女が目の前にいたのだから。


「……」


 訝しむような視線のまま、女性がすっと腰を落とす。

 まずい、このまま切られそうだ。

 心臓が縮むような感覚は、本日二度目の死の予感だろう。

 

「と、取引をしませんか!!」

「はっ?」


 向こうからしたら支離滅裂に違いない。

 だけどこっちだって営業スキルを発動させないと、切られたら死んでしまうのだ。

 少しチグハグなのは許してほしい。


『──発動しました』


 耳の奥で、機械音にも似た声が響く。

 どうやら相手の承諾を得ず、私が取引を持ちかけた段階で発動するらしい。

 まさに飛び込み営業と言えるな。


「忌々しい賊めっ!! 言葉を弄して惑わすかっ!?」


 激昂した女騎士が切りかかってきた。

 いきなりのことで、あまりのことに体が動かない。

 でも──。


「まあまあ。落ち着いてください」


 今度は女騎士が硬直した。

 目を見開いて、化け物でも見るような顔で私を見る。

 彼女の剣は、私の肩にあたって止まっていた。

 感じた衝撃は、プラスチックのおもちゃで叩かれた程度のものだ。


「あなたに危害を加えるつもりはありません」


 怯える女騎士に、努めて穏やかな声で告げる。

 彼女は記念すべき、初めての顧客だ。

 私の成り上がりを、ここから始めようじゃないか。


「さあ、取引をしましょう──」


 湧き上がる興奮につい笑みが溢れる。

 

 さあ、それではお見せしよう。

 ここから先は魔法じゃない。

 ブラック企業で揉まれた、経験に裏打ちされた社畜の営業スキルだ。


「な、なんなのだ貴様は……」


 女騎士が怯えるように、後ずさった。

 もう一人の女性は、地面に横たわったまま私を見ている。

 裸の上半身には、血にまみれた包帯が巻かれていた。


 ──だから、なのだろう。


 私の脳裏に浮かぶのは、ここ周辺の地形だった。

 その一箇所に、一際大きな光が輝いていた。


次回、営業無双。

だんだんと南雲のブラック企業に勤めた経験がスキルと混じり開花するって感じですね。

面白かったと思っていただけたら、是非、☆☆☆評価やブックマークをしていただけると励みになります。

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