おっさん、覚醒。まさにチート。
背後で巨鳥が監視するように私を見ている。
心臓がドキドキするのでやめて欲しいが、これくらいは我慢しよう。
ここで魚を取れば私は生き残れるのだから。
「しかしどうやって獲ったらいいんだろう……?」
早速、途方に暮れる。
そもそも日本で魚釣りだってまともにやってないのに。
『クルオオオ!!』
「わ、わかったって!!?」
巨鳥が翼をばさりと広げ、急き立ててくる。
獣に脅され餌を取る人間なんて、私が初めてだろう。
それでも生きるため、恥を忍んで従っておく。
「営業スキル……使えないかな」
不思議と心に余裕があるのはさっきの出来事のおかげだな。
川にはいくつもの魚影があり、その数だけ淡い光が煌めいている。
「異世界の魚だから光るのか? まあいいけど」
そんな細かいことよりも、今は私の命だ。
早く魚を獲って、生き延びないと。
それに私の予想が間違っていなければ……。
意識を集中させ、“営業”と心のなかで祈るように唱えてみる。
──空腹。細い虫。食べたい。
「やった!」
川の中から意志が伝わり言葉が浮かぶ。
泳いでいる魚にも、私のスキルは発動したようだ。
多分、彼ら(?)の欲しいものを与えれば、こちらに寄ってくるはずだ。
「でも細い虫って……あっ」
見渡すと、川の浅瀬にある大きな石が光っていた。
正確には、石の下だ。
近づくと、場所を教えるように光が点滅を始めた。
「まさか、この光って……」
それなりに重い石を両手で持ち上げると、ミミズのような虫がうねっていた。
予想通り、そのミミズもどきが光っている。
「よし、これで」
一匹つまんで、川に浸す。
気持ち悪いなんて言ってられない。
こっちは命がかかってるんだ。
「おっ!」
魚の一匹がまるで警戒もせずに私の指先まで寄ってきた。
うねうねと動くミミズもどきを食べると、引き返しもせずにとどまっている。
まるで時が止まっているように微動だにしない。
「……今っ!」
素早く魚を掴み、持ち上げる。
ぬるぬると滑るので、掬い上げるように後ろの地面へと放り投げた。
魚はそこでようやく、思い出したかのように跳ねている。
「おーい、捕れたぞ……って」
私が声を掛けるまでもなく、巨鳥がすでに魚を飲み込んでいた。
その瞳と目が合うと、甲高く鳴いて翼を広げた。
「はいはい、足りないんだな……」
またミミズもどきを使って、魚をすくう。
相変わらず微動だにしない魚に助けられつつ、せっせとヤツに餌を送る。
「はあ、はあ……っ」
いや、これかなりしんどいぞ!?
どうやらあの力は私の基礎体力を上げてくれたわけじゃないらしい。
「くそ、商談相手にのみ効くってことか」
ミミズを探す。魚を取る──その繰り返し。
もはや何回繰り返したかもわからない。
取った魚の数も20匹は超えただろう。
ついに体力の限界を迎え、私は川岸に大きく仰向けで倒れた。
「お、おい! もう十分食っただろう!?」
頭だけ向けると、巨鳥が最後の魚を満足げに飲み込むところだった。
「さあ、契約はこれで完了……え?」
ゾクリと背中に寒気が走る。
魚を食い尽くした巨鳥が、私を見ている。
丸い大きな黒目は何を考えているかはわからない。
でも、あの無機質な黒目は獲物を見ているように感じた。
巨鳥がのそのそと歩いてくる。
全身から逃げろと叫ぶ本能の警告を、かろうじて理性で押さえ込む。
冷や汗が背中を伝う中、心の奥で自分に言い聞かせる。
営業スキルがあるはずだ、と。
──魚。食った。人間、食う。
「はぁっ?」
大きく開いたくちばしの奥、ぐったりと横たわる魚が見えた。
青魚特有の臭みが溢れていて、あまりの臭気に顔を顰める。
開いたくちばしが、そのまま倒れていた私をずっぽり覆う。
「嘘だろっっ……?!」
あまりに理不尽。あまりに不義理。
今まさに食われかけた時に湧いたのは──怒りだ。
このまま食われるくらいなら……っ!
「このっ!!」
闇雲に手を振りかざすと、薄い発泡スチロール板を折るような感覚が伝わった。
瞬間、鼻が曲がるような魚臭さが晴れて、太陽の光が目に入る。
『ギィエ〜〜ッッッ!!!?』
不快な騒音を立てているのは、くちばしが折れたあの巨鳥だ。
飲み込んだ魚を大量に吐き出し、土にまみれてのたうち回っている。
そこでようやく気付いた。
私が持っているのは、くちばしの半分だ。
「私がやったのか……」
強く握ると、くちばしは簡単に砕け散った。薄いせんべいよりも脆い。
おそるおそる、転がる巨鳥に近づく。
半分に折れたくちばしでは獲物を捕れないだろう
きっと、この先は生きていけない。
「……なんなんだ、この力」
呆然とそう思った時、またあの機械音のような声が聞こえた。
耳の奥で囁くような、小さくもはっきりとした声だった。
『契約違反を確認──絶対優勢が発動しました』
「……ぜったいゆうせい?」
ひときわ大きな光が体を包む。
すると、先ほどまでの疲れが嘘のように吹き飛んだ。
こみ上げる力が、文字通り私の優勢を示している。
「……試しに」
起き上がった巨鳥が私を睨む。
翼を大きく広げる威嚇に構わず、ゆっくり歩く。
感覚で理解できる。私はこいつを圧倒できるのだ。
そんな確信が、心に余裕を生んだ。
「──お返しだ」
大きく振りかぶり、全身の力を込めてぶんなぐる。
二百キロはありそうな巨体が、重力を無視したかのように宙を舞う。
軽いサンドバッグを殴ったような感触だ。
『ギィィャァァッ!!』
「うるさい」
倒れた巨鳥の頭を靴で踏み抜くと、骨が砕ける鈍い音とともに悲鳴が途絶えた。
じんわりと、靴の中に生ぬるい血が染み込んできた。
つま先からかかとへ、じわじわ濡れていく感覚が気持ち悪い。
──でも。
「ふふ、ふはは、あははははは!!!」
不快な湿りを感じても、湧き上がる高揚感が一向に収まらない。
「この鳥はなんと言っていた? 人間を食う……つまり、ここには他にもいるのだな!?」
この力はすごい。
相手の欲しいものを理解できる読心能力。
欲しいものを探す索敵能力。
契約中は加害行為を禁じる結界能力。
──そして
「契約を破った相手に対する絶対優位……素晴らしい能力じゃないか!」
人間相手に読心を使えば、圧倒的に有利な契約を結べる。
これは人間以外にも有効だ。索敵で珍しい資源や素材の収集も容易になる。
右も左もわからない異世界だ。
結界で暴力の恐怖を大幅に軽減できるのはかなり助かる。
「……この能力があれば」
とんでもない財産を築き上げることも夢じゃない!
脳内で止めどなく広がる、無限のような可能性。
全能感が全身に満ちて、殺した野心が息を吹き返す。
胸が熱い。全身の血が沸騰するようだ。
いつか、格安居酒屋で夢を語った夜を思い出す。
「これが、チート……!!!」
ずっと昔に諦め、錆びついていた感情が、私の中で再び燃え上がった。
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