ダメ営業マン。失意の中、異世界に迷い込む
「南雲、正直に言う。お前はもう終わりだ」
掛けられた言葉に、身体が動かなくなった。
もう、なんと言い表していいか解らない。
“ああそうなんだ”と。どこか他人事のような言葉が頭に浮かぶ。
──もう、終わり。
さきほどこの会議室で花山常務から告げられた言葉が、まだ私の耳の中で反響している。
三度目の売上ノルマ未達。
会議室のテーブルには、子会社への出向の案内書が置かれていた。
耐えきれなくなって視線をそらした窓の外では、私と同期入社の斎藤が役員専用車に乗り込む姿が見える。
十六年前、「俺達も成功者になるぞ」と斎藤と語りあったことを思い出す。
胸が熱かった。なんの根拠もない自信にあふれていた。
明日を怖いなんて思ってすらいなかった。
一品300円の激安居酒屋だったけど、全身が燃えあがるようなあの日の高揚はまだ覚えている。
そして今、斎藤と私の間には埋めようのない溝が広がっていた。
ノルマに怯え、毎日を憂鬱に過ごすようになったのはいつからだったか。
『子会社の総務部へ出向してはどうか。年収も30万ほど上がるぞ』
かつての上司、花山常務から提案された出向先の年収は330万。
現在の年収300万からすれば、それは確かに改善だ。
けれど、入社時に抱いた夢からすれば、笑えるほどの数字だった。
(なあ、南雲悠真。ここがお前の終着点だよ)
自分に語りかけるなんて、まるで現実逃避だ。
……手のひらに食い込んだ爪が痛い。気づけば拳を握り込んでいた。
(まだ、悔しいなんて思う気持ちはあったんだな)
ぼんやりと、また他人事のような言葉が浮かんだ。
◆ ◆ ◆
今年で38歳になった。
この年になるまでずっと、一日100件の電話営業をこなし、空いた時間で飛び込み営業を続けてきた。
十六年間、営業ノルマを必死で達成し続けてきた。
だが、その努力は「ようやく最低限のことができる平社員」という評価でしかなかった。
しかし、今年に入ってからは話が変わる。
4月、9月、12月と、三期連続ノルマ未達という結果に終わり、私は最低限のこともできなくなっていたのだ。
『明日までに出向の返事をもらおう』
花山常務は最後にそう言って去っていった。
背中が示す「もう見限った」という空気は、はっきり言われるより辛い。
「くそっ.…..」
崩れるように椅子に座り込んだ。
同期入社の斎藤は既に部長職に就き、年収は1000万を超えている。
「金、か……大事だよなぁ」
お金で悩んだ時、いつも思い出すのは結婚を約束した幼馴染の美咲だ。
くだらない私の話も笑ってくれるいい奴だった。
小学校から一緒で、高校生で付き合ってからは別れるなんて思いもしなかった。
バカなこと言って笑い合う、友達のような関係の彼女……だった。
「楽しいだけじゃ、いい奴なだけじゃダメだよな……」
私が30歳の誕生日を迎える前日、美咲は別の男性と結ばれた。
別れた原因は、私の甲斐性のなさだと思っている。
もちろん、彼女が何か言った訳じゃない。
でも30歳にもなってくるとお金という現実が重くのしかかる。
「子供欲しいっていってたもんな……3人は欲しいって」
きっと、美咲は子どもの将来を考えたのだろう。
こんな収入じゃ、満足に子どもを習い事にも通わせられない。
二人目なんて産まれたら、それこそ家計は火の車だ。
「美咲、お前は正しいよ。私は実質会社をクビだ……情けない」
窓に映る自分の顔は疲れ切っていた。
いつからこんな目つきになったのだろう?
いつから夢を諦めた顔になったのだろう?
入社当時の、絶対に成功者になるんだとギラギラしていた目つきが、まるで嘘のようだ。
「もう限界、だな……」
無理して買ったブランドの革カバンを手に取る。
成功者になるにはまず形からと、奮発したんだよ。
初めてこのカバンで営業に行った時は、まるで自分がエリートのようで誇らしかった。
あれほど渋く輝いていた本革のカバンも、今じゃ使い込まれてとっくにクタクタだ。
「はは、一生こんな人生なんだろな……」
左遷を受け入れよう。
軋む椅子から立ち上がり、最後のため息と共に会議室のドアを開けた。
「………………ん?」
強い草の香りが鼻をつく。
涼しい風が頬を撫でる。
視界に広がるのは見渡す限りの平原と、澄んだ水が流れる川。
「な、ななななな!!?」
空を見上げれば、太陽の前を見たこともない大きな鳥が飛んでいる。
飛行機くらい大きいんじゃないか、アレ。
ギョロッとした巨鳥の目と視線が合う。
「ひっ!?」
怯えて逃げようと振り返れば、会議室など存在しない。
ていうか、何もない。
「どこだここ!!!!???」
私、アラフォー営業マン南雲悠真は、見知らぬ場所に一人取り残されていた。
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