7,令嬢達に泣き付きまして
「フルール、聞いてもいいかしら?」
「なぁに……」
「昨日よりも熱烈な視線が多くないかしら?
しかも更に危ない感じの」
「ううぅっ」
翌日、フルールが学園に登校してみれば、途端に鋭い形相ばかりがこちらを向いた。
学園に来たはずだというのに、フルールはお化けの出る廃校にでも迷い込んだような心持ちで、ビクビクしながら門をくぐる。
天気は快晴、穏やかで過ごしやすかろう気候のはずだというのに、フルールは冷や汗が止まらない。
「隣のクラスでもすぐ噂になっていたわよ。ユベール様が直々に二年のクラスに赴いて、一人の令嬢を指名して放課後に約束を取り付けて去っていったって。放課後には学園中の生徒に知れ渡っていたのではないかしら」
いつも以上に繊細かつ敏感になっているフルールのメンタルを、アレットが壊しにかかる。
フルールはぷるぷると震えながら、涙声で縋るような声を出す。
「……あ、アレットぉ……」
「…………はぁ。貴女のことだから、どうせまたヘマをしたのでしょう。今日も昼休みに出てきなさいな。でなければ貴女、同級生は勿論、上級生からも下級生からもお呼び出し確定よ? わたくしの名前を出せば、少しは牽制になるでしょう」
「あ、アレット……っ!!」
フルールは抱き着こうとして、アレットに頭をぺしりと叩かれる。
そして二人はそのまま校舎に入っていく。
嫌な視線に晒されながらも、全く堪えている様子のないフルールを見た上級生の令嬢達は、その目を細めてヒソヒソと囁き合っていた。
午前の授業を終え、フルールはアレットと二人、昨日と同じく裏庭で食事をする羽目になった。
教室に到着するとクラスメイトに揉みくちゃにされ、授業の合間の短い休憩でさえ、ひっきりなしに誰かが話を聞きに来る。
なんとか誤解を解こうと思い、フルールはジスランとの繋がりで呼ばれたのだと説明すべく「ダニエルに会いに部室棟へと行ったら、わたくしの兄を知っているユベール様がいらしたのがキッカケで」と話し出した。
しかし数人が「「「ユベール様!?」」」と話を遮って声を荒げた。
フルールは昨日まで「カスタニエ様」と呼んでいたはずなのに、いつの間にか「ユベール様」に呼び方が変わっていると、何人かが気付いたのだ。
つまりそれは、本人から名前で呼ぶことを許されたということに他ならない。
誤解を解くどころか完全に墓穴を掘り、事態は余計に悪化していく。
それからは羨む声を上げる者と、やっかみから妬むような視線で睨む者がくっきりと分かれてしまった。
昼休みになると、飛び出すようにアレットのいる隣のクラスに駆け込んだ。
勿論そこでも声をかけられたが、そこはアレットがなんとか連れ出してくれた。
そうして二人で教室を出る頃には、フルールの教室前に上級生の令嬢達がずらりとスタンバイしており、フルール達はそそくさとその場から離れた。
そしてアレットと一緒に軽食を調達し、再び裏庭へと逃げてきたのだ。
「それで? 一体何がありましたの?」
アレットにそう聞かれ、事のあらましを説明した。
するとアレットはぎょっとした顔のまま固まってしまった。
「あ、貴女それって……」
「親切で仰ってくださっていると分かっておりますわ! けれど、けれど……っ、まさかまたお約束が出来てしまうだなんて」
フルールはワッと顔を覆った。
開いた口が塞がらなくなったアレットは、そんなフルールを呆然と眺めながら、なるほどと納得する。
(いえ、でもそれなら説明がつきますわ。あの方がこんな強引で大胆な行動をされるなんて、初耳ですもの。けれど、どうしてこの子を……?)
何も気付いていなさそうなフルールには申し訳ないが、第三者の目線で見ればそれはもう明らかだった。
フルールがダニエルの話をした上で、その話を聞くという役割が、まさに数日前フルール自身が言っていたポジションと変わりないではないか。
(けれどそれを言ってしまうと、わたくしがカスタニエ様の怒りを買うかもしれないわ。フルールは全く気付いていないようだし、もうなるようにしかならないでしょうね……)
泣き言を漏らし続けるフルールを慰めながら、アレットは思っていた。
貴女きっともう手遅れよ、と――。
放課後、フルールが教室から出ると、瑠璃色のリボンを付けたご令嬢達が揃って待っていた。
ユベールと同じ学年の上級生達である。
フルールは目を虚ろにさせながら、令嬢達の言葉に従い後に続く。
そうして連れ出されたのは学園のテラスだった。
まだ人目のあるところでよかったとホッとしたのも束の間、フルールは正面に座った令嬢に底冷えするような瞳を向けられた。
「わたくしはロワリエ侯爵家が次女、キャロナ・ロワリエですわ。貴女、どうやってユベール様とお近付きになられたの?」
「……メルレ伯爵家が長女、フルール・メルレと申します。わたくしの幼馴染が乗馬クラブに所属しておりまして、幼馴染と話をするため部室棟に向かったところ、偶然ユ……カスタニエ様とお会いしたのです」
キャロナの取り巻きの令嬢達は、フルールに聞こえないようヒソヒソと耳打ちし話している。
キャロナは嫌悪感を隠す様子もなく、扇子をバサリと広げ口元を覆った。
「たったそれだけで、あの方とお近付きになれたと?」
「わたくしの兄、ジスランも去年まで乗馬クラブに所属していたのです。カスタニエ様と兄は交流があったそうで、お会いした時にジスランの妹なのかと聞かれましたわ」
「ふぅん? けれどそれならそれで、挨拶をしたらそれっきりで宜しいのではなくて? あの方がわざわざ二年生のクラスにまで足を運んで貴女を呼び出し、あまつさえかの有名なカフェに二人で入っていく必要などございまして?」
フルールはキャロナの言葉に目を見開いた。
どうやら学園内だけでなく、外に出てからの情報まで既に得ているらしい。
何と返したらよいかと口をもごもごさせている間に、取り巻きの令嬢達が口々にフルールを批難し始めた。
「貴女のような人がカスタニエ様と釣り合うとお思い?」
「自分の兄をだしに近付いたのではなくて?」
「まぁいやらしい。カスタニエ様もどうしてこのような方を?」
令嬢達がヒートアップしていくのを止めようと、キャロナが手を上げかけたその時、フルールが今までで一番大きな声で「そうなのです!!」と言い放った。
ずいと前のめりになり、今にも立ち上がりそうな勢いに、キャロナを含めた令嬢達はみなぎょっとする。
「こんな間抜けでぼんやりしていて危なっかしいと言われるわたくしのことなど、放っておいてくださればよいのです。わたくしがユ……カスタニエ様とご一緒させていただくなど、恐れ多いと重々承知しておりますわ!」
「そ」
「兄をだしになど……そもそも兄と交流があったことさえ、カスタニエ様に言われて初めて知ったくらいですもの。わたくしはただダニエルと話すため、部室棟に行っただけなのです。しかし何故か成り行きでカスタニエ様に見送っていただき、そしてどうしてか次の日わたくしの教室に来られたのです」
「な」
「あれほど注目されて、どれほどわたくしの胃がしくしくと痛み、心臓が止まりそうな心地になったことでしょう。わたくしはただ、ただ平々凡々と静かに過ごしておりましたのにっ」
令嬢達は「それならどうしてお断りにならなかったの?」や「何か理由があるでしょう!」と言おうとしたが、フルールの言葉は普段では考えられないほど一瀉千里の勢いで、一切口を挟む隙がなかった。
最終的にフルールは顔を覆い、切々とした声で語るものだから、令嬢達は「思っていた展開と違う」とドン引いていた。
令嬢達は、もしフルールが気の弱い令嬢なら、こんな風にチクチク言えば立場を弁えて身を引くだろうし、逆に気の強い令嬢で言い返してくるのなら、数の利で徹底的に戦うつもりだった。
しかし、想定していた反応とまるで違うフルールに、令嬢達の方がたじろいでいた。
テラスで話していたために、他の生徒達も遠巻きに聞き耳を立てていたが、フルールの言葉が予想外だったせいで全員が首を捻る。
そして、全員の共通見解として
(まさかカスタニエ様に話しかけていただいておいて、迷惑と思っているのでは……?)
と疑問を浮かべ、唖然としていた。
そこへ素早い足音と「フルール嬢」と呼ぶ低い声が響いた。
フルールは「ぴっ!?」とヒヨコが鳴いたような悲鳴を漏らし、ビクリと肩を跳ね上げてそろりと後ろを振り返る。
「ユ……か、カスタニエ様……」
「昨日ユベールでいいと言ったはずだが?」
「あっ、いえ……あの、その……」
フルールの返事だけを切り取って見れば、彼女が恥ずかしがって名前で呼ぶことを躊躇っているようにも聞こえるだろう。
しかし、フルールの顔色と平身低頭な様子を見て、まさか先程の言葉通りなのでは……?と周りは感じていた。
「ロワリエ嬢。フルール嬢をお借りしても? それとも茶会の最中だったろうか」
「……いいえ、もうお話しは済みましたので結構ですわ」
「そうか。ではフルール嬢、少しいいだろうか」
ユベールにそう言われ、フルールは立ち上がる。
あからさまに何度も名残惜しそうな表情でキャロナや令嬢達とのテーブルをチラチラと見て、しかし結局諦めたようにしょんぼりとしながら立ち去っていった。
それを見ていた多くがこう思っていた。
(自分を嗜めていた令嬢達との席を惜しむほど、カスタニエ様に何か酷いことをされているのか……?)
と。
こうして次の日、噂はまたおかしな方へと変化を見せることとなるのだった。
お読みくださり、ありがとうございます!!
素直で天然な様子はこれまでも感じていただけているかと思いますが、
少しずつフルールちゃんの独壇場&暴走ぶりが垣間見え始めます……!どうぞお楽しみに!!
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