4,噂の的にされまして
次の日、フルールは体にずぶずぶと突き刺さるような視線を浴びていた。
並んで歩くアレットは、こればかりはどうしようもないと諦めたらしく、上位貴族の令嬢らしく澄ました表情をしていた。
昨日ユベールと並んで歩いていたことは、たった一日で学園中に広まってしまったらしい。
ユベールに秋波を送っている令嬢達は勿論、時期公爵家当主の嫡男と並んで歩いていた令嬢とはさてどんな人間かと、興味本位で見てくる人達も多かった。
まさかこんなことになると思わず、フルールは想像以上の注目を浴びながら過ごす羽目になったのだ。
「もう、ダニエルのせいよ! わたくし、体中に穴が空いてしまいそうだわ」
「ごめんってば。でも、あの後ユベール様がフルールを送ってくれるだなんて、僕に分かるはずないだろう?」
「フルールが注目を浴びるのは分かるわ。だって噂の張本人だもの。けれど、どうして横に居るだけのわたくしまでジロジロ見られなくてはいけないのかしら。学食にさえ行けないだなんて!」
昼食の時間、普段は各々自分のクラスメイトと食事をとっているが、毎週水曜日はこの三人で食べようと入学した時に約束をしていた。
それは二年生になっても変わらず、こうして一緒に食事をしている。
けれど、フルールが今まさに注目の的となっているせいで、学食に入った途端、四方八方から纏わり付くような視線や妬み嫉みの言葉が向けられたのだ。
そのため、サンドイッチのような軽食を買って外で食べようと逃げ出してきたのがつい今し方のこと。
テラスに出ても視線が集まり、中庭でも軽食を摘んでいる人達から注目を浴び、三人はあまり人が来ない裏庭まで足を伸ばした。
そうしてやっと一息吐けたと恨み言を漏らしながら、三人はサンドイッチに齧り付いていた。
「まさかここまで注目されるだなんて……」
「貴女ね、カスタニエ様の人気を軽く見すぎよ? そもそも次期公爵家当主だというのに、三年生になっても婚約者が居ないものだから、あの方にご執心の令嬢達が今必死でキャットファイトを繰り広げているのよ」
「そんなこと知らないわよぉ〜〜っ」
「フルールも伯爵令嬢なんだから、精通しろとまでは言わないけれど、少しはそういった情報にも関心を向けるようにならないとね」
ダニエルに慰められ、フルールはぐずぐずと泣きべそをかきながら頷いた。
そんな二人を見て、アレットはやれやれと肩を竦める。
「ダニエルはフルールを甘やかしすぎよ。フルール、これに懲りたらもうカスタニエ様に近付かないことね」
「………………あ、あのね、アレット……」
そう言い淀みながら、救いを求めるようにフルールは手を伸ばす。
それを見てアレットはサッと身を引き、目を細めた。
ダニエルも「まさか……」と困惑顔でフルールを見ている。
「貴女、何をやらかしましたの?」
「フルール? 昨日見送ってもらっただけでしょう? 別にユベール様とこれ以上関わる機会なんて……」
「……お茶に、誘われてしまいましたのっ」
フルールは小声ではあるが、悲痛な声で呻きながら顔を覆った。
アレットは眉間に手を当てて俯き、ダニエルは「えっ!?」と驚愕の声を上げた。
アレットから「ダニエル!声が大きいですわ!」と注意され、ダニエルは「すまない!」と慌てて周りをキョロキョロと見回す。
今のこの状況では何処で誰が聞き耳を立てているか分からないため、二人はフルールへと身を寄せてヒソヒソと問い詰める。
「なんでそんなことになったのさ!」
「分からないわ……。お断りしようと思ったのよ?」
「そもそも、何故お茶に誘われるようなことになりますの? あの方、どれだけご令嬢に誘われても靡かないと聞きますのに」
「それは……」
答えに窮し、フルールは言葉を詰まらせる。
ユベールはフルールが何かに悩んでいると気付き、二人に話せないならと声をかけてくれたのだ。
それをそっくりそのまま、この二人に言うわけにもいかない。
どうしようと悩んだ結果、ユベールが言っていた言葉の一部をそのまま借りることにした。
「そ、その……カスタニエ様は、お兄様と親しかったそうなの」
「あ、そうか。ジスラン様も乗馬クラブだったから、話す機会があったんだろうね」
「そうらしいの。それでね、どうやらお兄様に何か借りがあったそうなのだけれど、在学中にお返し出来なかったと仰っていて」
「それでお茶に誘われたの?嘘でしょう?」
アレットが疑わしげに聞いてくるが、フルールは「本当よ」と言いながら頷くしかなかった。
確かに話の流れ上、誘われた理由としてはかなり弱い。
正しくはジスランに借りがあり、悩み事がありそうなフルールの話を聞くことで、その借りを解消しようというのがユベールの意図である。
けれど今の話だけだと、ジスランに借りがあるからフルールを茶に誘ったという、少々無理のある話にしかならない。
案の定アレットは納得いかなそうな表情をしていたが、フルールがそう言う以上、二人がそれ以上問い詰めることはなかった。
「つまり、ユベール様がフルールをお茶に誘いに来る可能性があるってこと?」
「流石に人前ではそんなことなさらないでしょう? ご自身が如何に注目を集める人間かは、ご本人だって知るところでしょうし……」
不安そうな目を二人から向けられ、フルールは顔を青くしながらいやいやと首を横に振った。
「だ、大丈夫よきっと。わたくし、こんなに冴えなくておっちょこちょいなのよ? きっとお兄様の妹だから、気を遣ってくださったに違いないわ。お誘いもきっと社交辞令のようなものでしょうし、仮に本当にお茶に誘われることがあったとして、そんな皆様に注目されるような学園内で誘われることなんて、そんな、そんな……」
言葉にしながらも、フルールの目はどんどんと虚ろになっていく。
そんなことはないと言い切りたかったのだろうが、昨日並んで歩いていたために注目を浴びている現状があるんじゃないかと、自分で言っていて思ったのだろう。
二人から「しっかりなさい!」「気を確かに!」と励まされている内に昼休憩の時間が終わってしまい、三人はそれぞれの教室へと戻った。
「メルレ嬢は居るか?」
「……か、カスタニエ様……?」
その深みのある声が教室の入口で聞こえた途端、一瞬しんと静まり返った後、割れんばかりの声が建物を揺らした。
令嬢だけでなく令息も沸き立つような声を上げていて、フルールのクラスメイトは大混乱に見舞われていた。
ただでさえ注目を集めるユベールが、授業の合間にわざわざ二年生の教室が並ぶ階にまで足を運んだのだ。
彼の跡をつけてきた三年生の令嬢達や、他のクラスの令嬢達もこぞって様子を伺っていて、フルールの名が聞こえた瞬間、教室外の令嬢達も悲鳴を上げた。
その当人であるフルールは口から魂が出そうになっており、心ここにあらずの状態で座っていた。
そんなフルールを見付けたユベールは、周囲の声を気にすることなく教室内に入り、フルールに近付いてきて、
「昨日の話の続きだが、今日の放課後はどうだろうか?」
と全員の前でフルールを誘い、それを目撃していた周りは再び奇声を上げることになった。
暫く経ってから、返事をしなくてはと意識を取り戻したフルールは、少し悪戯が成功したような顔で笑う、斯くも美しい精悍な顔を見て――白目を剥いた。