32,三人で街に向かいまして
三人でフルールのお茶を堪能し、今度はアレットが街を案内すると言った。
この三人で街に遊びに行くのは幼い頃から変わらない。
使用人達はすぐに準備を始め、護衛の手配もしてくれた。
「ダニエル、貴方は休んでいなくていいの?」
「大丈夫だよ。昨日ホテルでしっかり休んだからね」
「……? どういうこと?」
馬車でシャリエ侯爵領の中心街レンマールへと向かっている途中、アレットとダニエルのやりとりにフルールは疑問を抱いた。
「ダニエル、実は昨日の昼まで例のソラン伯爵令嬢と一緒だったのよ」
「えっ!? レオノル様と一緒にいたの? そんな……こちらに来てよかったの?」
フルールはダニエルが来ること自体知らなかったため、当然予定など把握していなかった。
まさか婚約者候補との予定を調整させたのでは……と顔を青くする。
そんなフルールを見て、ダニエルは柔らかく笑う。
「大丈夫大丈夫。レオノル嬢が宿泊するホテルに戻る時間も考えて、元々夕方になるまでには解散する予定だったんだ」
「そうだったのね」
「そもそも僕の領地って、木や森のような自然ばっかりでしょ? お洒落なお店も少ないし、専門職の快活で頑固な人が多いから、少し心配だったんだけど……彼女の領地の人達も似たような雰囲気らしくてね。思った以上に楽しそうに店を見て回ってくれたり、僕や店の人の話を聞いてくれたよ」
「まぁ! それはよかったわね」
ついひと月前までダニエルに恋をしているのでは?という疑問を抱いていたとは思えないほど、フルールは純粋で明るい歓喜の声を上げた。
二人のやり取りを聞いたアレットは、意地悪くダニエルをからかう。
「あら、貴方の話に付き合わされただけではなくて?」
「なっ……! そんなこと……ないと思いたい、けど……」
「……ちょっと。そこは言い切ってくれないと、わたくしが悪いみたいじゃないのよ」
「ふふっ」
二人のいつも通りのやりとりにフルールはつい笑ってしまったが、ダニエルは眉を下げて困った表情を浮かべる。
「僕だって、フルールやアレットと過ごすなら何の心配もないんだけどね。相手がレオノル嬢だと少し不安になるんだよ」
「え?」
さっきまで楽しそうだったダニエルからそんな言葉が飛び出し、フルールはぎょっとした。
アレットは「ふぅん」と興味なさそうな相槌を打つ。
「ふ、不安……?」
「とても楽しかったし、レオノル嬢も楽しそうにしてくれていた……と思うんだ。でも、無理させてるんじゃないか、気を使わせてるんじゃないか……って考えてしまって」
「要するに、貴方は自分に自信が持てないのね? そして、相手に嫌われないか怯えているのでしょう?」
「…………っ」
フルールは目を見開いた。
それはフルールにとって嫌なくらい身に覚えのある感情だったからだ。
幼い頃、ジスランから嫌われたと思ったフルールは、その経験から人との距離感が掴めず、つい数ヶ月前までアレットとダニエルに依存して生きていた。
二人がいれば安心だからと、他の人との縁が切れても、その程度の間柄だったのだと一歩踏み込むことはしなかった。
決して人に嫌われたいなどとは思っていないし、出来るなら好かれた方が嬉しいに決まっている。
けれど自分に自信がなく、相手を不快にさせないか、相手の迷惑にならないか。
ジスランとの過去が無意識に過ぎり心を自衛した結果、フルールは人と上手く距離が詰められなくなってしまった。
だが、アレットやダニエルはフルールとは違う。
アレットはフルールとは違い、自ら望んで一匹狼のような振舞いをしている。
侯爵令嬢であるアレットに気に入られようとする者は多いが、彼女は決して相手にしない。
自他共に認める友達の少なさなのだが「わたくしは自分が仲良くなりたいと思える人にしか時間を割きたくないんだもの」と言ってのけるアレットを、フルールは芯がまっすぐで素敵だと尊敬していた。
逆にダニエルはその真反対と言えるだろう。
多くの令息令嬢に対し、侯爵令息とは思えない気軽さと穏やかさで相手と接し、多くの人から好かれている。
困っている人がいれば間違いなく手を差し伸べるタイプだ。
しかしそうして多くから好かれ求められても、ダニエルは決して天狗にはならない。
そうした驕らない為人を、フルールは心から憧れていた。
そんな二人にはフルールのような悩みなどないと思っていた。
しかしダニエルのその言葉は、長らくフルールが抱いていた感情そのもので、フルールは胸を掴まれたような心地を抱く。
(どうして……? わたくしの過去と二人の現状はまるで違うのに……)
二人はフルールにとって自慢の友達だ。
そんなダニエルが自分のような不安を抱くなんて……と、あの頃の辛く悲しい日々を思い出し、フルールは顔を歪め、心配そうにダニエルを見つめた。
「さっきまでとても楽しそうに話していたじゃない。それなのに不安なんて……どうして?」
フルールがそう言うと、ダニエルはきょとんとした後、何故かクスクスと笑った。
笑われたことに目を丸くしていると、隣に座っていたアレットも急によしよしと頭を撫で始める。
そこでフルールはどうやら子供扱いされているらしいと気付き、ぷくりと片方の頬を膨らませた。
「さっきまで楽しそうだったのに、急に不安がる僕が分からないのかな?」
「……えぇ。だって、わたくしが生徒会室で話を聞いたあの日も、今日も、ダニエルはレオノル様のことをとても想っているじゃない。それに聞いている限り、レオノル様だって同じ気持ちのように聞こえるもの」
だから不安などと言い出す理由が分からないと、フルールは眉を下げる。
フルールの言葉を聞いたダニエルは少し頬を染めて「そうかな」と嬉しそうにはにかんだ。
その表情はいかにも恋をしていると体現しているような顔で、幸せそうに見えた。
余計にフルールは意味が分からず、首を捻る。
「ふふっ。本当に分からないって顔だね。フルールにもいつか分かる日が来るよ」
優しく笑うダニエルに、フルールはやはり子供扱いだわ!と、今度は両頬を膨らませた。
その途端、すかさず隣と正面からぷにっと指で頬を突かれ、フルールの口から「ぷっ」と空気が漏れた間抜けな音が鳴る。
フルールは顔を真っ赤にし「もうっ!」と怒り、二人は楽しそうに笑っていた。
それから街に着くまで三人でお喋りしていたが、フルールの頭には先程の話が残り続けていた。
一学期、ダニエルに恋心を抱いていると勘違いしていたフルールは、最終的に色々な気付きを得てダニエルとレオノルを心から祝福し、誰かを想って浮き立つのが恋だと学んだ。
今日のダニエルもつい先日と変わりなくレオノルのことをとても想っているようなのに、この短期間にまた何か心境の変化があったのか。
悲しい事件や苦い出来事が起きたようには見えないのに、何が不安なのだろう。
フルールにはまだ、ダニエルの気持ちは分かりそうになかった。
馬車が停車し、レンマールの街で一番のブティックの前に到着する。
三人が昔からお世話になっているお店だ。
フルールとアレットで色違いのドレスを仕立ててもらったり、三人で同じ柄の布を使ったワンポイントアクセサリーをデザインしてもらったりと、幼少の頃から何度もこの三人で訪れている。
先に護衛の手を借り馬車を降りたアレットは、何気なく振り返って「あら? フルール?」と声を上げた。
「貴女、そちらのイヤリングはどうしたの?」
「えっ?」
アレットの指摘で両耳に触れてみると、右手は何も指を掠めず、そのまま虚しく耳朶に触れた。
左右に付けていたイヤリングの内、右側だけがなくなってしまったらしい。
フルールはキョロキョロと左右を確認するも、それらしいものは見付からない。
「馬車の中で取れちゃったのかな? 僕も探すよ」
「もう、仕方がないわね」
探そうと動き出したダニエルを見て、溜息を吐きつつもアレットも馬車に戻ろうとし、ピタリと動きを止めた。
硬直したアレットに、フルールとダニエルは同じ動きで不思議そうな表情を浮かべる。
「……わたくしも探そうと思ったのだけれど、その狭い馬車の中で探すならわたくしは居ない方がよさそうね」
アレットにそう言われ、フルールとダニエルは顔を見合わせた。
確かにこの馬車の中で失せ物を探すのであれば、大人数はかえって見付かりにくいかもしれない。
最悪なのは足元に転がっていたイヤリングを踏んで壊してしまうことだろう。
「あー……確かに。アレット、先にお店に入ってて。僕が一緒に探すよ」
「ごめんなさい、ダニエル、アレット。すぐ見付けてお店に行くわ」
「フルール、先に念押ししておくわ。足元に気を取られて、頭をぶつけないよう気を付けなさいね」
「うぅ……」
手元や足元ばかりに注意を向け、頭をぶつけないようにと注意を受けた。
しかし似たような経験がありすぎて、フルールは否定も出来ず切ない声を漏らす。
ヒラヒラと手を振って店に向かっていくアレットを見送り、フルールとダニエルはイヤリングを探し始めた。




