31,サプライズの応酬でして
二人して泣いてしまい、化粧が落ちてしまったフルールとアレットは一旦解散することになった。
客間で一息ついていると、アレットが用意してくれた侍女達の手で化粧が整えられる。
目は少し充血しているが、腫れぼったさは感じられない。
持ってきた本を読んでいると、暫くしてフルールは晩餐に呼ばれた。
晩餐の席にはシャリエ侯爵、侯爵夫人、アレットの兄、アレット、アレットの弟二人の計六人が待っていた。
「お久しぶりでございます。この度はお世話になります」
「あぁ、久しいな。息災なようで何よりだ」
「さぁさぁ、おかけなさいな」
侯爵と夫人に温かい声をかけてもらい、フルールは着席した。
シャリエ侯爵家はみな幼い頃のフルールを知っており、フルールが立ち直れるよう全員が協力してくれたのだ。
アレットから始まり、弟二人、侯爵と夫人、そして兄の順番で、フルールが普通に接するようになれるまでずっと見守り続けてくれた。
侯爵家に対して恐れ多いことだが、フルールはここを第二の家のように思っている。
アレットが言っていたように、高級食材をふんだんに使った料理の数々が並べられていく。
しかも昼食と同様、胃への負担が少なそうなものが多い。
きっとアレットが伝えてくれたのだろう。
晩餐を楽しんだ後、場所を移して全員でお茶をすることになった。
フルールは一学期の出来事や、領地に帰省してからジスランとどうなったのかなどを話す。
ユベールのおかげでジスランとも向き合う勇気が沸いたと話すと、何故か弟達はむすっと拗ねた表情を浮かべていた。
夫人が「この子達はフルールを気に入っていたから」と言い、夫人の言葉の意味が分からなかったフルールはきょとんと首を傾げる。
それを見たアレットが「この子には直接的に言っても伝わるか怪しいわよ」なんて言うので、フルールは「なによぅ」とむくれ、その場は笑顔と笑い声で満たされたのだった。
そんな風にして一日目を終え、屋敷に泊めてもらったフルールは、翌日ぱちくりと目を瞬いた。
「おはよう、フルール」
「……おはよう、ダニエル。……え? どうしてダニエルがここに居るの!?」
「ふふっ、成功だね」
「サプライズよ、フルール」
朝食の席にはアレットだけでなくダニエルも座っていて、フルールはとても驚いた。
実はフルールから手紙を受け取ったアレットは、フルールへの返事だけでなくダニエルにも手紙を送り、フルールが来る日に合わせてダニエルもこの屋敷に呼んでいたのだ。
ダニエルは昨日の夜、この近くのホテルに滞在し、フルールを驚かせるため朝早くから支度をして来てくれたらしい。
「そ、そんなわざわざ……」
「わざわざだなんて水臭いこと言わないでよ。ジスラン様と仲直りしたなんて、直接祝わないでどうするんだい? よかったね、フルール。本当に……ほんと……うにっ」
ダニエルは次第に言葉を詰まらせ、その瞳はどんどんと潤んでいく。
フルールやアレットも釣られ、涙が込み上がってくる。
「やだ、また泣いてしまうでしょう!? 昨日済ませたのよそれは!」
「君達だけでだろう!? ずるいよそんなの、僕はまだ泣いてない!!」
「うぅ〜〜っ」
「フルール!? 貴女、ちょっとは我慢しなさいよ! あぁん、もう……っ!!」
そうして今度は三人でぐずぐずと涙を流し、使用人達を困らせながら朝食をとることになった。
テーブルにはサラミやチーズ、ふわふわのスクランブルエッグにサラダ、メルレ領のジャムが数種類と香ばしい香りの焼きたてクロワッサン。
そんなせっかくの立派な朝食なのに、三人して味がいまいち分からず「勿体ないね」と笑い合った。
朝食後、化粧を整えたり目を冷やしたりしてから、三人でお茶をすることになった。
そこでフルールは自分にお茶を入れさせてほしいとアレットに頼む。
フルールがお茶汲みを得意としていることは二人とも知っているので、アレットはフルールに任せることにした。
暫くしてフルールがワゴンを運んできて、それを見た二人は「「えっ?」」と声を上げた。
ワゴンの上にはティーポットが二つ。
その内の一つ、お茶の入っていない透明なティーポットの中にはゴロゴロと何かが入れられていた。
フルールは蒸らし終わった紅茶を、ティーカップとティーポットに注いでいく。
ティーカップを三人分テーブルに並べ、中央に茶菓子を置くと、何かが沈んでいるティーポットをウォーマーに乗せて温め始めた。
「フルール? あれは何なの?」
「ふふふっ、内緒。サプライズのお返しよ。まずは普通のお茶ね」
「わぁ、なんだろう。フルールのお茶は美味しいから楽しみだなぁ」
そうして喋ること三十分。
一杯目のお茶を飲み終え、フルールは二杯目を注いでいく。
さっきからずっと温めていたティーポットのお茶だ。
「何かしら。凄くいい香り……」
「この紅茶はまず何も入れずに飲んでみて。お砂糖もなしでね」
「え? でもそれだと苦くないかい?」
「いいからいいから!」
フルールにそう言われ、二人はティーカップに口を付けた。
「なにこれ、すっごく甘い!」
「これは……林檎? フルーティで美味しいわ!」
アレットもダニエルも目を丸くしてティーカップを見る。
フルールはよかったと安心した。
それは紅茶と林檎の香りが立つ、砂糖とは違った自然な甘さの新しい紅茶だった。
「フルール、これは何というお茶なの?」
「これはアップルティーというの。ダニエルからもらった栞を見て閃いたのよ!」
「僕が送ったあの……? 届いたの、ほんの数日前でしょ?」
「そう。これを研究するのに夢中になってしまって睡眠不足だったの。これまで研究してきたフルーツや茶菓子と相性のいいお茶を探すのではなくて、フルーツの甘さや香りのするお茶を新たに考えたの! 他のフルーツでも出来るから、総称してフルーツティーと名付けることにしたのよ!」
ふふん、とフルールは得意気な表情を浮かべているが、アレットとダニエルはゴクリと息を飲んだ。
ダニエルからの手紙を受け取ってから一週間も経たない内に、フルールはこんなものを作り出したのだ。
これは間違いなく新しい流行の一つになる。
二人はそう直感した。
「これはどうやって作っているのかしら?」
「新鮮なフルーツでもいいし、ドライフルーツでもいいの。先にお茶を用意しておいて、フルーツを入れたティーポットにお茶を注ぐの。あとは時間をかけて香りや味を移したら完成よ。今もあそこで温めているお茶は、次飲む時にはもっと味が変わっているわ」
ティーポットには確かにあと一杯ずつくらいのお茶が残されていて、まだウォーマーで温められていた。
お茶の量も減り、更にフルーツが濃く染み出していることだろう。
「飲む度にフルーツの味が濃くなっていくんだね?」
「そうなの!」
「ちなみにこちらの商品化は?」
アレットはずずいとフルーツに迫る。
フルールはそんなアレットを見てくすくすと笑う。
侯爵令嬢だけあって流行に敏感なアレットだが、特にこういった新しい商品には目がないのだ。
領地が観光地のため、王都とはまた違った流行を発信しなければという意識があり、とても目敏いのである。
「お父様とお兄様には飲んでもらって、商品に出来るよう進めてもらうことになったの。フレッシュフルーツだと売り出すのは難しいから、ドライフルーツと茶葉の組み合わせで商品化出来るよう、話してもらっているところよ」
「それ、是非ともホテルで提供したいわ。商品化の目処が立ったら、すぐおじ様に取り次いでくれる?」
「勿論よ! 本当につい先日成功したばかりだから、茶葉とフルーツの組み合わせを研究したり、色々と課題は山積みだけれどね」
レジスとジスランの言葉からフルーツを長く浸けることを思い付き、フルールは色々な方法で試した。
その中で紅茶を別で用意し、茶葉を取り除いてからフルーツに注ぎ、お茶とフルーツと一緒に温めながら味を引き出すのが一番味わい深く美味だった。
今度はどのフルーツとどの茶葉を組み合わせるのが美味しいのか、分量や煮立たせる時間はどれくらいが美味しいのかなど、更に細かく分析していくことになるだろう。
「でもこれは凄くいいよ。砂糖なしでこんなに甘くて美味しいなんて。風邪や病気で食事が喉を通らない時なんかにも良さそうだね」
「本当ね! お父様にそちらの方面でも宣伝してもらわなくちゃ!」
ダニエルの言葉から、病人の栄養補給としても良さそうだとフルールは目を輝かせ、メモを取り始める。
アレットとダニエルはそんなフルールを感慨深そうに眺めていた。
出会った頃は父や兄の邪魔にならないようにと心を押し殺し、虚ろな瞳をした儚げな少女だった。
「貴女は確かに落ち着きはないし危なっかしいけれど、決して愚かな子ではないわ。寧ろ、見ていて心配になってしまうもの。仕方がないから、わたくしが面倒を見て差し上げますわ」
「フルール嬢はとても優しくて思いやりがあるんだね。ねぇ、僕達と友達になろうよ」
その言葉から時間をかけて打ち解け、何とか笑顔や言葉を取り戻した少女は、自分なんかが出しゃばってはいけないという自己制限的で臆病なまま成長していく。
言葉にまごつくのも、嘘が下手なのも、あまり人と深く接せず人付き合いに自信がないのも、視点を合わせずぼうっとしているせいか足元が覚束なかったりおっちょこちょいなのも……全てが少女の成長過程で仕方がないものだった。
二人はそんな少女の側に居続けた。
いつか柵から解き放たれて、満開の笑顔を見せてくれる日が来ると、そう信じて――。
「……僕、また泣いてしまいそうなんだけれど」
「あら奇遇ね。わたくしもよ」
幼いフルールが望んでいた夢。
父や兄のために何かがしたい……それが十年もの時間を経て、漸く叶ったのだ。
「家のためにと唯一磨き続けてきたもので、あの子は願いを叶えたのね。やっと……報われたのね」
「……そうだね」
真剣にメモに書き付けるフルールを見つめながら、二人は静かに目尻を拭った。




