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28,有意義な休日を過ごしまして


 フルールが手紙を送ってから六日後、アレットから返事が届いた。

 アレットはフルールがジスランと仲直り出来たことを心から喜んでくれ、手紙の最後にはせっかくだからシャリエ侯爵領に遊びに来ないかというお誘いと、都合の良い日程が書かれていた。

 フルールはすぐ「一週間後の十八日、昼過ぎには到着するように伺うわ」と返事をしたためる。


 その二日後にはダニエルからも返事が届き、アレットと同じく二人の仲直りを祝ってくれた。

 手紙と一緒に小さな小包が付いていて、開けてみると中にはオシャレな木製の栞が三枚入っていた。

 栞の下部は林檎の形にくり抜かれており、その上には林檎の木が細かく彫刻されている。

 とてもお洒落で可愛らしい一品だ。

 どうやら栞はフルール、ジスラン、そしてレジスを表しているらしく、ピンク、赤、灰色のリボンが上部に取り付けられていた。

 フルールのアドバイスから、ダニエルとレオノルの間で何か商品が生み出せないかと話が進んでいるらしく、試作品として色々と作っているようだ。

 きっかけをくれたフルールにと、上手く出来た栞をプレゼントしてくれたらしい。

 ダニエルにも「素敵な栞をありがとう」と返事を送った。


 

 

 フルールはジスランと仲直りをしてから、領地での夏休みを満喫していた。

 

 昼食も夕食も豪勢な食事を食べたあの日、成人している二人は晩餐でお酒を開け、楽しそうに飲んでいた。

 酔った二人から「こんな良い子に育ってくれて嬉しい」「良い子どころか純粋すぎて心配だ」と絡まれ、こんな姿を初めて見たフルールはとても驚いた。

 翌日、見事に二日酔いになった二人だが、仕事は待ってはくれない。

 それぞれエンゾやロイクに小言を言われながら執務をさせられていて、フルールは苦笑しながら二人に差し入れを届けた。

 その際、レジスには刺繍をしたハンカチを、ジスランには買ってきたグローブを一緒に持っていくと、二人はとても喜んでくれた。


 仲直りをしたとはいえ、このようにレジスもジスランも執務や視察の予定がぎっちりと埋まっている。

 あの日以来、極力食事を一緒にとるようになったが、忙しい二人の邪魔は出来ないと、フルールは一人で過ごす時間が多かった。

 これまでであればひっそりと自室に籠ってぼんやりと過ごすだけだったが、フルールはせっかくだからと読書に勤しんだ。

 

 フルールはジスランの邪魔にならないように、自主的に勉学から離れていた。

 けれどジスランから「お前の好きなことを好きなようにすればいいんだぞ」と言われ、フルールは久々に屋敷の図書室へと足を向け、それからは多くの本を借りてきて読み耽っていた。

 新しい知識を入れる楽しさと、やはり二人の役に経ちたいという気持ちから、フルールは昔以上のスピードで知識を蓄えていく。

 

 あとは長年続けてきた研究も怠らない。

 フルールは今日一日、研究室に籠る予定をしていた。


「お嬢様、準備が整いましたよ」

「ありがとう、マリー」

 

 マリーから声をかけられたフルールは、マリーと共にフルール専用の小さな給湯室へと向かった。

 テーブルの上には様々な茶葉と、領地のフルーツや茶菓子などが置かれ、沢山のティーポットが準備されている。

 フルールのお茶汲みはこの部屋で長年磨かれてきた。

 ジスランと仲違いをしてしまってから、フルールに出来る唯一の領地貢献はこれしかないと思い、ずっとその腕を磨いてきたのだ。

 いずれ夫人となり茶会を開いた時に、自領の商品の魅力を最大限に引き出せるようにと……。

 子供にとっては果てしなく遠い未来を想定した、気の長い努力だった。


 いつも通り今年の茶葉を試飲し、どの組み合わせが一番合うかを調べると思っていたマリーだったが、じっとテーブルを見つめたまま動かないフルールに首を傾げた。


「お嬢様? 何か不足しておりましたか?」

「いいえ、ちょっと……」


 フルールは歯切れ悪く言葉を濁す。

 うんうんと考えること数分、フルールはマリーへと視線を向けた。


「マリー。世の中には普通のお茶ではなく、ハーブティーというものがあるわよね?」

「えぇ、ございますね」

「ハーブティーはハーブを茶葉の代わりとして煮出しているはずだけれど、お茶そのものにフルーツをブレンドすることは出来ないのかしら」

「……え?」


 フルールの疑問にマリーは目を丸くする。

 それは単純な疑問でありながら、今まで誰も試したことのないものだった。


「お嬢様は何を試されたいのですか?」

「そうね……。例えばオレンジの皮を使ったオレンジピール、レモンの皮を使ったレモンピールはハーブティーに含まれるでしょう? そうではなくて、フルーツそのものを使ったお茶は作れないのかしらって。でも果肉だけだとジュースになってしまうから、お茶にフルーツの甘さや香りを移して、新しいお茶が生み出せないかと考えたのだけれど」


 マリーはすぐにメモを取り出し、フルールの思い付きを書いていく。


「何をご用意すればいいですか?」

「今の時期なら、ここにある夏みかんやレモンがいいのかしら。でも本当は林檎がほしいのだけれど……」


 フルールはこのテーブルにはないものを思い描き、眉を下げる。

 他のフルーツよりも林檎をより所望した理由は、ダニエルがくれた栞が林檎の形にくり抜かれていたからだ。

 

 これまでフルールはお茶とフルーツを別々に捉え、どう組み合わせれば美味しくなるかと考えてきた。

 しかしダニエルにもらった栞を見て閃いたのだ。

 ダニエルとレオノル、二つの領地の特性を活かして一つの栞が完成したように、お茶とフルーツを一つのものには出来ないのかと考えたのだ。

 ハーブティーも様々なハーブをブレンドすると聞く。

 であれば、お茶とフルーツをかけ合せる方法もありそうではないか。

 もしそれが出来るのなら、せっかくならインスピレーションをもらった林檎を使って成功させたい。

 フルールはそう考えた。

 

「確認致します。酸味の強いものと甘みの強いもの、いくつかの品種が用意出来ないか聞いてみますね」

「お願いね」


 マリーはすぐさま退室していく。

 マリーが帰ってくるまでの間に、ここにあるもので何か出来ないか調べてみよう。

 そうしてフルールは茶葉に手を伸ばした。



 

「なぁ、フルール。目の下にクマが出来てないか?」


 翌日、朝食の席でジスランに顔を覗き込まれたフルールは「おほほ……」と笑って誤魔化した。

 

 あの後、フルールはまる一日研究に時間を費やした。

 色々と試行錯誤を重ねたが、思うような結果は得られなかった。

 まずお茶と一緒に蒸らしただけではフルーツの香りはあまり移らず、放置し過ぎると茶葉が濃く出過ぎて渋くなってしまう。

 フルーツをすりおろすと確かに味や香りは出るが、お茶に濁った果肉や繊維が浮いてしまって、非常に見た目が悪くなってしまい、茶こしでこすと途端にフルーツらしい味が損なわれてしまったのだ。

 しかもフルールとマリーだけで試飲するにも限界があるので、何人かの侍女にも飲んでもらったが感想はイマイチ。

 お腹をお茶でちゃぷちゃぷにしながらも何度か試してみたが、中々上手くいかなかった。

 特にやることのないフルールは、今日も研究の続きをするつもりでいる。

 そのため参考になりそうな書籍を夜中に片っ端から読んでいたため、少々寝不足になってしまったのだ。


「何をしているのかは知らないが、フルールは何でも焦りがちだからな。体に支障が出るようなことは控えなさい」

「そうだぞ? せっかくの夏休みなんだ。まだ時間は沢山あるんだし、休み休み時間をかけてやればいいんだぞ」


 レジスとジスランは心配してそう声をかけてくれた。

 しかし二人の言葉にピンときたフルールは、瞳をきらりと輝かせて勢いよく立ち上がる。


「そうですわ! 何も茶葉と同じ時間で果肉を取り上げる必要なんてないんだわ! 茶葉と一緒に蒸らして渋みが出てしまうなら、茶葉だけを先に取り出してフルーツは焦らず時間をかけて浸ければ何か変わるのではなくて? そうよ、ジャムだって煮詰めて作るんだもの。お茶に浸けただけのものと、お茶と一緒に火にかけたものにも違いが出るはず……。こうしてはいられませんわ!」


 一人で自問自答を繰り広げ、再び席に着席すると物凄い勢いで朝食を口に放り込み「それでは失礼しますわね!」と言って、フルールはそそくさと食堂を出ていった。

 正に嵐が通り過ぎたよう。

 二人は口を半開きにしたまま呆気に取られていたが、暫くしてから同時に吹き出した。


「ふはっ。全くあの子は……。まるで小さな子供のままじゃないか」

「本当に。なんだか母上を思い出すね」


 二人はくすくすと笑い合う。

 パタパタと駆けていく背中に、懐かしいルイーズの姿を思い描く。


「ルイーズも思い立ったら即行動だったからな」

「そういえば小さい時、母上がパンを咥えながら馬に乗って走っていった姿を見たんだよ。流石に見間違いだろうと思っていたんだけど、あれってもしかして見間違いじゃなかった……?」

「あぁ、そんなこともあったな。あれは確か領地で猪の群れが出たんだったか。領民にも被害が出ていると、エンゾが急いで食堂に知らせに来たんだ。丁度ルイーズは昼食の最中でな。パンを掴んで走っていってしまったんだよ。彼女は乗馬だけでなく狩りも得意だったからね」

「うわぁ、あれ見間違いじゃなくてマジだったのかぁ……」


 呆れた表情を浮かべるジスランを見ながら、レジスは内心とても嬉しく感じていた。

 こんな風にルイーズの話を家族で話せるようになるなど、つい先日まで想像出来なかった。

 ルイーズの面白い話なんて、語り出せばいくらでも出てくる。


「あの子にも聞かせてあげたいな」

「そのために、さっさと仕事を終わらさないとね」

「うむ」


 元気に走っていったフルールの姿に影響された二人は、朝食を済ませるといつもより張り切って執務室へと向かっていった。



 

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