27,手紙に近況を綴りまして
窓からカラッとした風が吹き抜け、レースカーテンがふわりと揺れる。
「いい天気ねぇ」
靡く髪を押さえながら、窓から見える雲ひとつない空を見上げたフルールは今、自室の机で手紙をしたためていた。
宛先はアレットとダニエル。
フルールの過去を知り、ジスランとの関係を長く心配してくれていた二人に、何があったのかを書き綴っていた。
あの後、結局味がよく分からないまま豪華な昼食を食べ、そのまま三人でお茶をすることになった。
せっかくなので、買ってきたジャムを一緒に出してもらうようマリーに頼む。
何を話せばいいのかと三人揃ってもじもじすること数分、香りのよい紅茶とジャム、そしてシンプルなプレーンクッキーが置かれ、フルールは目を丸くした。
マリーは恐らくこうなるだろうと予見し、ジャムに合うよう素朴なクッキーを焼いておいてほしいと、事前に調理場に居るコック……もとい自分の旦那に頼んでおいたのだ。
主人の驚いた顔を見てにこりと微笑むと、三人に一礼して立ち去って行った。
「これはクッキーとジャムか?」
「えぇと、そちらはわたくしがこちらに戻ってくる時、お土産として買ってきたものなのです。カフェで販売されている特製ジャムで、この領地のフルーツを使ってお作りになられているものですのよ」
「へぇ!」
ジスランは小瓶を手に取り、まじまじと見ている。
王都の商品は瓶の形やデザインから凝っていて、見ているだけで可愛らしい。
買ってきたのは夏らしいブルーベリー、あんず、夏みかん、桃の四種類。
レジスはあんず、ジスランはブルーベリー、フルールは桃のジャムをそれぞれ取り、蓋を開けてクッキーに乗せる。
それを頬張ると、少し固めに焼かれた香ばしい小麦とバターの香りに、煮詰めたフルーツの酸味や甘みが絡まってとても美味しい。
「美味いなぁ」
「私はこちらも試してみようかな」
どうやら二人とも気に入ったようで、レジスは夏みかんの瓶に手を伸ばし、ジスランはブルーベリーを器にこんもりと盛っていた。
フルールはちゃっかり全部の瓶から少しずつ器に盛り、満足気にしている。
それから暫くは茶菓子の話や領地のフルーツについてを話していたが、ふとジスランが「そういえば」と声を上げた。
「フルールはどうして俺と話そうと思ったんだ? タウンハウスで一緒に暮らしていた時だって、全く近寄って来なかったのに」
「それは……そもそもお兄様がわたくしのことを避けていらっしゃったからではありませんか。朝食堂に行く頃にはお兄様は既に学園へと向かわれていましたし、帰りはわたくしよりずっと遅い時間でしたし」
フルールがじとりとした目を向けると、ジスランは気まずげに「はは……」と乾いた笑いを漏らした。
どうやらレジスも知らなかったようで「何してたんだ?」と問う。
ジスランは言葉を濁しながら「……ずっと厩に居ました。馬の世話をしながら勉強したりしてたなぁ……」と遠い目を浮かべた。
フルールもレジスも呆れた表情でジスランを見るしかない。
本人からすれば再びフルールを傷付けてしまう恐怖から、徹底して避けたのだろう。
フルールと鉢合わせないために毎日厩に通っていたのなら、ユベールと親しくなる機会もあっただろうとフルールは一人納得する。
「夏休みになる前、わたくしはお兄様のいらっしゃるこちらに帰省するのが不安でしたの。そのせいか気がそぞろになっていたわたくしの様子に気付いて下さったユベール様が、話を聞いて下さいましたの」
「ユベールだって!?」
「ユベール様とは……以前お前を屋敷まで送って下さったカスタニエ公爵令息のことか? ってジスラン、お前はお前で何故呼び捨てにしているんだ!?」
レジスは話に付いていけず、ぎょっとした顔のままフルールとジスランと視線を行き来させる。
「俺は乗馬クラブで二年間同じだったからなぁ。それに、ユベールを乗馬クラブに勧誘したのは俺なんだぞ?」
「まぁ! そうだったのですか?」
「あぁ。ユベールと初めて会った時、あいつ令嬢達に追いかけ回されて厩に隠れてたんだよ。それで『乗馬クラブに入ればいつでも厩に隠れられるぞ』って言ったら入ってくれたんだ」
その言葉にフルールもレジスも唖然とし、ジスランはそんな二人を見て肩を竦めた。
「最初っから『先輩なんだから敬語じゃなくてもいい』って言われてさ。でもそういうわけにもいかないから、最初はカスタニエ様って呼んでたんだけど、いつの間にか俺も周りもユベールって呼んでたなぁ。それに、どことなくあいつも嬉しそうにしてたと思うんだよ。多分これまで身分で距離を置かれることが多かっただろうから、学園内だけはそういったものは関係なく、純粋に先輩後輩のように接してもらえるのが新鮮で嬉しかったんじゃないか?」
「そんなことが……」
「俺のことはいいんだよ。お前、ユベールと関わる機会なんてなかっただろ? 春のあの時も、なんでお前がユベールに送ってもらってんのかまるで分からなかったし……。一体何があったんだ?」
ジスランからそう問われ、フルールは一学期の間で起きた出来事を全て話した。
ダニエルに抱いた気持ちが恋心なのではという勘違いから始まり、令嬢達の噂を聞いたフルールは恋の相談役になろうとし、何故かユベールとの縁が出来たこと。
それからあれよあれよとユベールとお茶をし、生徒会のお茶係に抜擢され、生徒会の令息達や淑女会の令嬢達とも仲良くなって、みんなの助言によってダニエルへの気持ちが恋ではなく羨望と不安だったことに気付けたとフルールは語った。
その上で、ジスランのことを憂いていたフルールにまた声をかけてくれたのがユベールだった……と言う頃にはレジスは頭を抱え、ジスランは天を見上げていた。
「あ、あの……お父様? お兄様?」
「これを私はどう解釈すればいいのだ?」
「……多分、思ってる通りでいいと思うよ。でも、まさか本当に? あの時といい、言ってみるもんだなぁ……」
「ジスラン、お前は一体何をした? あとできちんと説明してもらうからな」
「え? ……え?」
今度はフルールが完全に置いてけぼりの状態だったが、第三者の目線で見ればやはりそれは明らかだった。
二人ともがユベールの術中に嵌っていくフルールに「ご愁傷様……」と胸の内で合掌しつつも、場合によってはフルールだけでなく家としての縁が出来る可能性があることに慄いていた。
片や田舎領地でフルーツの生産、加工、販売を主力として運営している伯爵家と、片や国王の側近として王城で重役を担っている公爵家。
彼の家は分家も多く、王城では武官文官共にカスタニエの血を引く者達が活躍している。
公爵家だけあって領地も広く、基本は分家筋の貴族達に管理を任せているとか。
時期当主予定のユベールも、昨年学園で王太子とその婚約者と共に生徒会を勤め、卒業後は公爵と同様に王太子側近として重用されることが決まっていると聞く。
メルレ家とて国からこの地と爵位を賜ってから長く、同じ家格の中では上の方に位置している家柄ではある。
だが、そんなものカスタニエの名の前では、どの伯爵家も同じにようしか見えないだろう。
田舎領主の貴族として静かで平穏な暮らしをしてきたレジスにとって、中央との繋がりが強い公爵家との縁は少々荷が重すぎる。
フルールの考え方はレジスの遺伝であり、彼自身、身の丈に合わないものは望まない主義なのだ。
金や権力よりも、平凡ながらも穏やかな日々が何よりも得がたいのだと……それこそルイーズを失ったことで痛いくらいに実感していた。
子供達には幸せになれる相手を探してやりたいとは思っていたが、家族仲がギクシャクしている内から婚約者を決め、家から追い出すように嫁がせるのは心苦しいと、レジスは長らくフルールの婚約者を決めあぐねていたのだ。
その間に、まさか本人が大物を釣り上げてくるなど想定しておらず、更に言えば本人は相手を釣り上げている自覚もなければ、その相手から向けられているものにも気付いていなさそうで余計にややこしい。
「私はどうすればいいんだ……」
「もうなるようにしかならないし、きっと手遅れだと思うなぁ」
「あの、お父様? お兄様? わたくし、何かしてしまいましたの? わたくしにも分かるように話して下さいまし」
フルールは二人を困らせてしまったのかと、あわあわと狼狽える。
どこまでも純粋無垢なまま育ってしまった娘と妹に、レジスとジスランは顔を見合せ、仕方なさそうに笑い合っていた。
「書けたわ! マリー、これをお願い」
「アレット様とダニエル様へのお手紙ですね。承知致しました」
マリーはフルールから二通の手紙を預かると、すぐに退室していった。
フルールはマリーを見送ると、くるりと振り返り机を見下ろして一息吐く。
そこには白紙の便箋が置かれていた。
(ユベール様にもお手紙を……と考えましたけれど、ユベール様へのお手紙なんて、何からどう書いたらいいのか……。 それにユベール様が領地に戻られるのか、タウンハウスでそのまま過ごされるのか、何も聞いていなかったわ。わたくしったら頼ってばかりで、なんて情けない……)
フルールはアレット、そしてダニエルと手紙を書き、ふとお世話になったユベールにもすぐ報告をすべきかと思い、続けて手紙を書こうとしたのだ。
けれど、アレットやダニエルには筆の進みが早かったというのに、ユベール相手では何故か一文字目すら書き出すことが出来なかった。
加えて夏休み中の予定を伺っていなかったせいで、宛先を何処にすればいいか分からず断念した。
(ユベール様に会えるのはまだひと月ほど先なのね。お兄様と仲直りが出来たと、ユベール様のおかげだと、早く聞いていただきたいわ)
そう思いながら胸を掴むフルールの頬には赤みがさし、赤茶色の瞳に今までにはなかった色が灯っていく。
しかし自分の顔が見えないフルールはそれに気付くことはなく、柔らかく笑むその姿を思い浮かべていた。




