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22,お兄様に避けられまして


「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」

「ただいま、みんな」


 タウンハウスを出発してから途中の街で一泊し、フルールはメルレ領へと戻ってきた。

 カントリーハウスに到着して使用人達の出迎えを受けた後、すぐ自室へと向かう。

 出発の日が遅れてしまったため、どうやらレジスとジスランは領地視察に出かけているらしく、屋敷には不在のようだ。

 自室に戻った途端、この屋敷でフルール付きの侍女をしてくれているマリーに抱き着いた。


「ただいま、マリー!」

「もう! 急に抱き着かないで下さい、お嬢様」


 マリーはそう言いながらもフルールを優しく受け止めた。

 六つ年上のマリーは、フルールにとってジスラン以上に姉のような存在で、いつだって優しく接してくれていた。

 本当は王都のタウンハウスにも連れて行きたかったのだが、フルールが入学する丁度一年前にマリーが屋敷のコックと結婚し、その半年後に妊娠が発覚。

 結婚当初はコックも一緒にタウンハウスへ行く話をしていたが、身重の状態で移動させ、王都の慣れない環境で過ごすよりは、長閑(のどか)なメルレ領の方が静かで穏やかに過ごせるだろうと思い、夫婦共にこの屋敷に残ってもらうことにしたのだ。


「伯爵様とジスラン様は明日お戻りになられる予定です。今回もいつも通り、極力ジスラン様とは会わないよう過ごされますか?」


 マリーはフルールとジスランの状況を理解してくれていて、いつもこうして気を遣ってくれている。

 ジスランの大まかなスケジュールを確認し、鉢合わせしないよう対処してくれているのだ。

 そんなマリーの言葉にフルールはきょとんとした後、ハッとした。


「マリー! わたくし、お兄様と向き合うことに決めたの。だから、お兄様ときちんと話せる時間を作ってほしいのよ!」

「まぁ! ついにお嬢様が!? 一学期の間にアレット様やダニエル様と何かお話しされたのですか?」


 マリーは目を見開いて驚いていた。

 いつだってフルールのことを理解してくれているマリーだが、この一学期の間に起きたことは知らないのだとその時に気付いた。

 マリーがユベールの存在や、どんな心持ちで帰省してきたかなど知らなくて当然なのだが、学園に入学した去年の一年間、のんびりと平凡に過ごしていたのに、二年に進級してからのたった三ヶ月ほどで、これほど変化するなど思わないだろう。

 こんなにも己の周囲や精神面が大きく変わったのだと、フルール自身も実感した瞬間だった。

 

「マリー、わたくし本当に色々なことがあったの。聞いてくれる?」

「勿論ですよ、お嬢様!」


 マリーが用意してくれたお茶を飲みながら、フルールは一学期の間に起こったことを全て話した。

 マリーは元々笑い上戸のため、楽しそうにケタケタと笑う。

 フルールが「笑い事じゃなくて、本当に大変だったんだから!」と訴えるも「お嬢様の慌てぶりが目に浮かびます」と返されてしまう。


「本当にお嬢様は変わらずお嬢様ですねぇ」

「……それはどういう意味なのよぅ」

「ふふふっ。私などが言ってしまったら、多くの方からお叱りを受けてしまいそうですので、私の口からはとてもとても。ですが――……」

 

 膨れっ面をするフルールに、マリーは一度言葉を区切ると、昔から変わらない優しい微笑みを向けた。

 

「お嬢様にとって、とても良い出会いが沢山あったのですね」


 その言葉に、フルールの頭にはまずユベールが浮かんだ。

 そしてユベールの後ろには生徒会、そして淑女会の面々が並ぶ。

 皆がこれほど肯定的に自身を受け入れてくれるなんて、かつてのフルールは想像もしていなかった。

 彼らが笑顔で「メルレ嬢」「フルール」と呼び、そしてユベールが「フルール嬢」と手を差し伸べてくる光景を思い描くと、自然とフルールの頬は緩み口角が上がっていく。

 フルールは心から嬉しそうに「えぇ」と、満面の笑みを咲かせた。


 


「わたくし……お兄様とお話ししたいと、そう言っていたわよね?」

「言っていらっしゃいましたねぇ……」

「お兄様付きのロイクにも伝えてくれたのでしょう?」

「はい、間違いなく」


 マリーが頷くと、フルールはぷるぷると体を震わせながら叫んだ。


「もうっ! どうしてお兄様と会えないの!?」

 

 

 レジスとジスランが視察から戻り、フルールは二人を出迎えた。

 これまで二人とあまり関わらないようにしてきたフルールが、わざわざ使用人達の前に立って二人に出迎えの挨拶をしたのだ。

 その変化にレジスは驚きつつも嬉しそうな表情を浮かべていた。

 しかし、ジスランの表情は一切変わらない。

 それどころか「今日は自室で先に休ませてもらいます」と、フルールではなくジスランの方が晩餐を断り、すぐに部屋へと戻ってしまった。

 

 きっと疲労が溜まっていたのだろうと思い、気を取り直してジスランに時間を作ってもらうべく、マリーを経由して予定の確認をしてもらったのだ。

 だが、ジスラン付きの侍従であるロイクから「生憎、ジスラン様は領地視察の予定と執務で忙しくされており……」と断られてしまったらしい。

 それでも一切休憩もせず、不眠不休で働いているなんてことはないはずだ。

 そこでフルールは迷惑にならないよう、ジスランの執務室前で出てくるのを待ってみたり、食堂に朝早く行って居座ってみたりと、ジスランと鉢合わせるための行動し始めた。


 だが、執務をしていると聞いたのに、執務室に出入りするのはロイクだけで、昼食の時間にもお茶の時間にもジスランは一切出てこない。

 痺れを切らしたフルールがロイクに「お兄様は?」と問うと「視察に出られましたが?」と言われる始末。

 ジスランは二階のベランダから出て行ったとでも言うのか。

 あの日から食堂にも全く来ないため、きちんと食事を取っているのか不安になり、それもロイクに聞くと「食事はされていますよ。……自室でですが」と言って、気まずそうにツイと目を逸らされる。

 同じ屋敷で生活しているのに、何故か一切会うことが出来ない。

 これではまるで、タウンハウスで一緒に暮らしていた頃のようではないか。

 そうして二人が帰ってきてから、かれこれ三日経っていた。


「もう! もうっ!! お兄様の意地悪っ! 絶対に捕まえてやるんだからぁっ!!」


 フルールは顔を真っ赤にしてクッションに八つ当たりをしていた。

 膝の上でぽふぽふとクッションを(はた)いた後、ぎゅうぅと抱き締める。

 こうして隠れんぼや鬼ごっこでもするように、身を隠し逃げ続けるジスランを探し追いかける日々が幕を開けたのだった。



 

 フルールは何とかジスランを捕まえるべく、まずはジスランの姿を見付けるところから始めた。

 どうすればジスランに会えるだろうかと考えたフルールは、ジスランの部屋に食事を運ぶ侍女にその仕事を変わってもらおうと思い付いた。

 まずマリーに、フルールに合うサイズのお仕着せを探してきてもらう。

 そうして手に入れた侍女服を纏うと、申し訳なさそうにする侍女を言いくるめて仕事を譲ってもらい、カラカラとワゴンを押してジスランの執務室に食事を運んだ。

 けれど、当然出てきたのはロイクだった。


「……今日のお食事はフルール様が持ってきて下さったのですね。ジスラン様にもお伝えしておきます」

「えっ? あっ!」


 ロイクはそう言いながら、流れるような動作でフルールからワゴンをするりと抜き取ると、さっさと中に入ってパタンと扉を閉ざしてしまった。

 ワゴンごと中に入るつもりをしていたのに、入れてもらえなければ意味がない。

 フルールはぷうと頬を膨らませた。


「もうっ! 次よ!!」


 次に、ジスランの私室を清掃する侍女達に交ざり、フルールは部屋へと入った。

 こうして先に部屋で待っていれば、嫌でも顔を合わせざるを得ないだろうとフルールは得意顔を浮かべる。

 せっかくなので清掃の手伝いをしようと、侍女達の仕事ぶりを見学させてもらう。

 彼女達の手際の良さに目を輝かせながら、シーツの取り替えを教わったり掃除の仕方を学ぶ。

 そうして部屋がピカピカになって満足し、フルールは侍女達と共に部屋を後にしようとして


「ち、違うわ! わたくし、お兄様に会いたくて部屋に来たの!」


と慌てて侍女達にそう訴えた。

 けれど、侍女達は困惑顔で


「我々は部屋の主人が不在の間に掃除を済ませ、速やかに退散するのが仕事なのですが……」


と言い、フルールはガーンと衝撃を受けることになった。

 確かにフルールが部屋にいる間に、侍女達が掃除を始めることなどないし、食事やお茶をして自室に戻ってくると、気付けば部屋が綺麗に整えられているのだ。

 つまり彼女達はそういった合間に、素早く掃除をしてくれているということに他ならない。

 少し考えれば分かることではないかと、フルールは自分の愚かさに崩れ落ちた。

 侍女達が「お嬢様!?」「お気を確かに!」と励ましている姿を、密かに見守っていたマリーと、カントリーハウスで家令を勤めているエンゾは笑いを必死で堪える羽目になった。


 

 エンゾはそんな健気で可愛らしいフルールの話をレジスの元へと持ち帰るのだが、ジスランとフルールの関係は少々センシティブな内容のため、そこを省略してかなり大まかなことだけを伝えた。


「今日はお嬢様が職場体験のようなことをされていましてね。侍女のお召し物を来て、配膳や清掃をなさっていらっしゃいましたよ。実際やってみて気付かれることがあったのでしょうね。色々と衝撃を受け……くふっ、お嬢様らしいといいますか、くくっ、とても可愛らしかったですよ」


と、笑いが堪え切れず吹き出すおまけ付きで、主人であるレジスにその話が回っていった。

 そのせいかレジスは「侍女の真似事などして、まさか王城か上位貴族の元で働きたいのか……?」と、また違った方向に解釈をすることになる。

 当然フルールはそんなことを知る由もなく、次の日、突然レジスから「お前は侍女には向かないと思うのだが……」とやんわり諭され、再びショックを受けるのだった。



 

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