19,プレゼント選びに出かけまして
第二章スタートです!
フルールは夏休み開始の翌日、馬車に乗っていた。
――再びユベールと一緒に。
ユベールの話に乗せられ、ジスランと話すためのプレゼント選びを約束をしてしまったフルールは、ユベールに予定を確認した。
わざわざ夏休み中に時間を取ってもらうなど申し訳ないという気持ち半分と、夏休み期間中にまでユベールと会っていたと誰かに知られれば、誤解だと言ってもそろそろ信じてもらえそうにないため、出来れば一学期中に予定を消化しておきたい気持ち半分がフルールにはあった。
あったのだ。
――だというのに。
「すまない。残りの日数は既に予定が埋まっているんだ。夏休み前には済ませておかなければいけないことがあってな……。夏休み二日目からなら空くと思うのだが」
そうユベールから申し訳なさそうに言われてしまっては、フルールは「ソウデスカ……」と言う他なく。
領地に帰る予定も考え、ユベールの言った夏休み二日目……つまり本日会おうとなったのだ。
事前に伝えていたとはいえ、屋敷に公爵家の馬車が迎えに来た時、屋敷の者達は「本当に来た……!」という空気を漂わせ、使用人達総出でユベールを出迎えた。
仰々しいったらないと、フルールは現実逃避をしながらその光景を眺める。
ただでさえ侍女達が張り切って、前日の夜には頭のてっぺんから足の指先まで磨き上げられ、今日も朝早くから起こされ粧し込まれたのだ。
大変有難いが、フルールは既に疲労していた。
全員から「行ってらっしゃいませ(くれぐれもお気を付けて)」という挨拶と共に心の声もビシビシと背に浴びながら、ユベールと一緒に出発した。
前は学園の帰りに寄った王都の街に、今度は屋敷から向かう。
公爵家の馬車は間違いなく目を引くだろうから、二学期が始まれば再び令嬢達からのお呼び出しは待ったなしだろう。
しかし!
そもそも今回は兄への土産選びなのだ。
領地への帰省を語った際に、ユベールが世話になったジスランの土産選びを手伝うと言ってくれた……それの何がおかしいだろうか。
(疚しいことなど何もないのですから! 大丈夫ですわ、ご令嬢方。これはユベール様の善意なんですもの。わたくしは間違っても自惚れなんて抱きませんわ)
そう自分自身に言い聞かせ、フルールは開き直ることにした。
馬車に揺られていると、暫く黙っていたユベールが「そういえば」とフルールに声をかけてきた。
「何を買っていくのか決まったのか?」
「確か、ユベール様が水筒や乗馬用の夏用グローブはどうかと仰って下さっていたでしょう? 自分でも考えてみたのですけれど、やはり全然思い付かなくて……」
ユベールの問いに、フルールは困り顔をする。
そんなフルールを責めることなくユベールは頷いた。
「それなら今の季節に良さそうなものを見に行こうか。あとはそうだな。茶菓子の一つでも買っていけば、土産を持ってきたと言って話しかける口実が出来るのではないか? フルール嬢、ジスラン先輩の好きなお菓子なんかは知っていないか?」
「……すみません、全く分からないんです。領地のフルーツは何でも好きだったと思うのですが、フルーツのお土産なんて……あっ!」
フルールは思い付いたと言わんばかりに手のひらを合わせ、顔を綻ばせてユベールを見る。
「ジャム! ジャムならどうでしょうか? 日持ちもしますし、自分好みの食べ方で楽しんでいただけますわ」
「あぁ、いいんじゃないか? 紅茶にも合うだろうし、あとは美味しいビスケットも一緒に買っていけば、ジャムを乗せて食べられるんじゃないか?」
「まぁ、素敵!」
ユベールの提案にフルールは目を輝かせる。
サクサクとした香ばしいビスケットの上に、こんもりと乗ったフルーツジャムを想像し……ジスランへの土産だというのに、フルールは自分が食べたくなってしまった。
ほうっと少し恍惚とした表情を浮かべるフルールを見て、ユベールはくすりと笑う。
その声を聞いたフルールは、目を瞬いた後にサッと俯いた。
(な、なんてはしたない……! お兄様へのお土産ですのに、わたくしが食べる気満々ではありませんかっ!!)
そうして恥じらんでいる姿を見て、ユベールが優しい表情を浮かべていたのだが、相変わらずフルール本人は一切気付くことなく、馬車は街へと向かっていった。
街に到着すると、ユベールが丁寧に案内をしてくれた。
まずは乗馬用のグローブを見に、馬具や乗馬用品を扱う店へと足を運ぶ。
フルールは置いてあった女性用のグローブを試着させてもらい、夏用グローブの良さを実感した。
全面が皮の手袋は、店内でもじっとりと手が湿っていくのに、夏の直射日光が降り注ぐ中で装着し続けるとなると、間違いなく蒸れて辛いだろう。
しかし、甲の部分がメッシュになっている夏用グローブは皮の手袋よりも軽く、何よりも通気性に優れている。
もし既に持っていたとしても、替えとしてあって損はないだろうというユベールの言葉に背中を押され、フルールはグローブを選ぶことに決めた。
しかしフルールは見れば見るほど、どれがジスランの好みか分からず頭を悩ませた。
フルールがへにゃりと眉を下げ見上げると、その視線を受けたユベールは顎に手を当て、何かを思い出すように少し上を見上げる。
「ジスラン先輩は、確か領地にヴォラポーム……という名だっただろうか。その馬によく乗っていると言っていたな。鹿毛という毛色の馬だそうで、そうなると赤褐色の馬のはずだ。であれば、同系色の茶色よりも、こういった白や黒のグローブが映えるのではないか?」
フルールが見ていたグローブの中から、白や黒のものを示して勧めてくれる。
更に、白よりも黒の方が汚れは目立ちにくいだろうとも言われ、フルールは目から鱗をポロポロと落としながらユベールの説明を聞く。
選択肢が狭まり黒のグローブだけを見ていくと、その中に一つ、手首のベルトの淵が赤く、更に同色の赤いボタンが付いているお洒落なものを見付けた。
フルールはそっとそれを手に取る。
「それが気になるのか?」
「――えぇ。わたくしの瞳の色は赤みがかった茶色ですけれど、お兄様の瞳は濃い赤色なんです。子供の頃、その目がとても綺麗で羨ましかったのを覚えておりますわ」
懐かしむようにボタンにそっと触れる。
これにしよう――そう決めて店員を呼ぶ。
それから会計をし、プレゼント用に包んでもらっている間、フルールは店内を見て回ることにした。
サドルや鐙など、同じ用途であるはずなのに色や重さなど様々で、見ていてとても楽しい。
「フルール嬢も確か馬が好きだったのだな」
羨むようにそれらを見ているフルールに、ユベールがそう聞いてきた。
フルールはユベールに馬が好きなんて話をしただろうかと首を傾げる。
それを見たユベールは苦笑を漏らした。
「君、一年生の時に一度、厩に入ってきたことがあっただろう」
「…………えっ? あっ!? あの時、ユベール様もいらっしゃったのですか!?」
「私もというより、フルール嬢はダニエル以外の令息など誰一人見えていなかっただろう。馬達にばかり夢中で、ずっと撫で回していたじゃないか」
「は、はわわ……っ!」
フルールは両手で頬を押さえる。
どんどんと顔が赤らんでいくフルールに、ユベールはくつくつと笑うと、ユベールは商品に目を向けながらフルールへと問いかけた。
「馬には自分では乗らないのか?」
「あ……。え、えぇ。わたくしは危なっかしいからと止められてしまって」
ユベールはフルールの声色が揺れたことに気が付いた。
あまり踏み込みすぎてはいけないと思い、何も気付いていない様子で返事を返す。
「そうなのか。普段の君なら……そう言われても仕方がないのか?」
「まぁ、酷い! ……アレットやダニエルからも言われ続けているので、否定は出来ないのですけれど」
少し声が明るくなったフルール嬢へと振り返り、ユベールは手を差し出した。
きょとんとしながらもエスコートだと思ったフルールは、目をパチパチさせながらそこに手を添えた。
「もし機会があれば、私が君を乗せて馬を走らせよう。そうしたら周りも安心するだろう」
フルールはその優しい声色と表情に、手と同じく真綿に包まれるような温かさを感じた。
何故だか涙がせり上がってくるような、そんな気がしてコクリと喉を鳴らす。
今自分が一体どんな顔をしているのか、フルールにはまるで分からない。
しかし、精一杯の笑みを浮かべて「えぇ、是非」と、そう返すのだった。
お読み下さり、ありがとうございます!!
第二章もフルールちゃんらしい、ユベール様らしい物語を綴っていきます( .ˬ.)"
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