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18,私が恋を知ってしまった後(sideユベール)


 それ以来、本当に朝から晩までジスラン先輩は(うまや)に居た。

 見かける度にあの日の先輩の顔が浮かんだが、日が空くほどにどう声をかければいいかと頭を悩ましていた。

 そこにやって来たのが、一年生の部員であるダニエル・ベクレル。

 ジスラン先輩の妹だという令嬢の幼馴染であり、友人の一人である令息だった。

 彼も侯爵令息でありながら乗馬クラブに入部した珍しい令息だったため、あまり話す機会はなかったがよく覚えていた。


「最近、フルールはどうしてる?」

「何も変わりなく、ぽやっとしていますが元気ですよ」

「すまないな、ずっと面倒を見てもらってしまって」

「そう思うなら、早く謝ってあげてくださいよ。じゃないとあの子はずっとあのままですよ? 僕は立場上、同じ嫡男というのもあって、ジスラン様の気持ちも分かるんです。……けれど、ジスラン様の味方にはなれません。そんなの、あの子が……フルールがあまりにも不憫すぎる」


 ダニエルはぐっと堪えたような表情で、拳を握り締めて俯いていた。

 そこにジスラン先輩が肩を叩き「それでいい。お前はあいつの味方で居てやってくれ」と言って立ち去っていく。

 盗み聞きをするつもりはなかったが、不本意ながら聞いてしまったことを私はなかったことには出来なかった。

 その日の帰り際、ジスラン先輩を呼び止めて、その話を持ち出した。


「聞いていたのか」

「あんなところで話していたら、聞こえてしまっても仕方ないでしょう?」

「……それもそうだな」


 そうしてジスラン先輩は、事の全てを教えてくれた。

 どうしてダニエルから「早く謝ってあげて」と言われていたのか。

 気さくで心優しい彼が、妹に一体何をしたのか。


 それはまだ幼い少年の小さなプライドが、見栄を張った強がりが、悲鳴を上げてしまったことによるものだった。

 その状況に陥れば、誰だってそうなっていたっておかしくはないだろうと思えた。

 私でも、もし同じ立場だったなら――。

 そう思えば、ジスラン先輩のことを責めることは出来なかった。

 しかし、その妹のフルールという少女はどれほど胸を痛めただろうかと、そう考えてダニエルの言っていた「不憫」という言葉が心に残った。

 ただ黙って聞いているしか出来なかった私に、明るい声でジスラン先輩が話し出した。


「ユベールはさ、どんな令嬢も嫌だって言ってただろ? 見てくれや爵位にしか興味がなくて、相手を蹴落とすことしか考えていないような令嬢ばっかりだって」

「突然なんですか? それにジスラン先輩は、私に寄ってくる令嬢を沢山見てきたでしょう? アレがいいと思えます?」

「あぁ〜〜そういえば、初めてユベールと出会った時、恨めしいとか言った気がするけど、謝るわ。アレは無理。嫌だと思う理由が存分に分かった、ごめんな」


 ジスラン先輩はからからと笑う。

 本当に何の話だ?と首を傾げていると、突然真顔になったジスラン先輩が、スッと人差し指で私の胸を突いた。


「もし、本当にどんな令嬢でも無理だったら、俺の妹と会ってみてくれ。きっと、お前が見てきた令嬢とは全く違うから」


 そう言って「俺はあいつに何もしてやれないから」と寂しそうにジスラン先輩は笑って、馬の世話へと戻っていった。



 そう言われても一年生で接点があるのは乗馬クラブの後輩くらいで、わざわざダニエルに「ジスラン先輩の妹を呼んでくれるか」なんて言うわけにもいかない。

 それに、自ら令嬢に近付こうなど思うはずもなかった。

 これまで見てきた令嬢に大した差はなかったのに、ジスラン先輩の妹だけが違うなんてことがあるはずない。

 そうして期待することもなく、縁もなければ会うこともないと、そう思っていた。



 ――思っていたんだ。



 それは突然だった。

 (うまや)の扉が開いて、ひょこりと柔らかなピンクの髪の少女が顔を覗かせた。

 私も部員達も、ついにここにまで踏み込んでくる令嬢が!?と戦々恐々としていたが、その少女は花を咲かせたような笑顔で「ダニエル!!」と声をかけたのだ。


「あっ! フルール!? (うまや)には来ちゃ駄目だって言っていたじゃないか!」

「どうして? わたくしが馬を好きだと知っていても駄目って言うの?」

「いや、君はそもそも部員じゃないでしょう? アレット、どうして来ちゃったのさ」

「わたくしだけでは止められないわよ、この子は。たまたまジスラン様が先生方に呼ばれているところを見かけて、そのまま教員室に向かうようだからって『今なら(うまや)に行けますわ!!』って、ここまで連れてこられたのよ?」


 扉の外で呆れた表情をしているのは、シャリエ侯爵令嬢だった。

 そうして二人が話している内に、フルール嬢は近くの馬房に近寄っていく。


「初めまして。貴方、大きいわねぇ。とても艶やかで立派だわ」


 馬に向かって優しい声色で挨拶をし、顔を綻ばせて馬を褒めた。

 そして躊躇(ためら)いなく手を伸ばし、馬があまり警戒しない首周りを手のひらでゆっくり撫でていく。


「あぁ、もう仲良くなってる……!」


 ダニエルはそう言い、頭を押さえていた。

 それもそのはず、一番初めにフルール嬢が手を伸ばした馬は、この(うまや)の中で一~二を争うほど人の好き嫌いが激しく、更には人見知りをする馬だった。

まさかあんなにあっさり触らせるとは誰も思わず、部員みなが目を見開いていた。


 それから私も含め、周りの令息など一切眼中に入ることなく、フルール嬢は厩中(うまやじゅう)の馬を撫で回し、そしてダニエルとシャリエ侯爵令嬢の三人で楽しげに談笑してから立ち去って行った。

 まさに嵐のようにやってきて、彼女は笑顔を振り撒いて立ち去って行ったのだ。

 令息達にではなく、馬達に向かって。


 こんなにも自分が令嬢から相手にされないのは初めてのことだった。

 いや、そもそも「公爵令息も(うまや)に居た」と後々聞かされても、あの様子では「そんな方いらっしゃいました……?」と言いそうなくらい、まるで男達が見えていなかった。


 純粋に友人の名を呼び、好きな馬達と触れ合う。

 その嘘偽りない心からの笑顔が、脳裏に焼き付いて離れなかった。

 これまで令嬢の視界に入ることなど一切望んでこなかったのに、あの真っ直ぐな笑顔が自分に向けられたらと、ふとそう思ってしまうくらい強烈に、彼女は私の胸を焦がして去っていったのだ。




 それから意識して見渡すようにしても、学内でフルール嬢を見かけることはほとんどなかった。

 ごく稀に移動教室で、昼食の食堂で、たまに見かけることがあっても、やはり彼女の目がこちらに向くことはなく、周りがきゃあきゃあと騒いでいても興味なさそうに立ち去っていく。


 時々部室棟の近くでダニエルとシャリエ侯爵令嬢と三人で話しているところは見かけたが、三人仲良く楽しげに話しているだけで、他に余所見をすることはなかった。

 ……いや、時々部員達が歩かせている馬に目を奪われ、その瞳を輝かせているのはばっちり見た。

 馬にも勝てないなんてと呆れつつも、何故か自然と笑みが零れた。




 結局フルール嬢と全く接点のないままジスラン先輩は卒業していき、私は三年生に、彼女達は二年生へと進級した。

 ただ、私は少し予想をしていたのだ。

 彼女にとっても気まずいのだろうジスラン先輩が卒業した後なら、フルール嬢が(うまや)に来やすくなる。

 そうすれば接点が持てるのではないか、と。


 だが、全く予想しなかった出来事が起きたのだ。


 ダニエルがよく世話をしていた馬の蹄鉄が取れ、馬からも一番ダニエルが気に入られていただろうからと探しに向かうと、珍しくフルール嬢と二人で話していた。

 割って入るのは気が引けたが、こんな機会はそうないと二人に声をかけた。


 そして――今に至る。


 後々ダニエルから聞かされたが、彼女はどうやら屋敷の者達から「制服に馬の臭いが移るから、(うまや)に行くのはお止め下さい!」と叱られてしまったらしい。

 そのためジスラン先輩が卒業した後も、(うまや)には一切来るつもりはなかったそうで、あの日あの時、フルール嬢に声をかけていなければ、こうして話すことはなかったかもしれない。


 フルール嬢との思い出は、彼女の視界にすら入っていない、あの鮮烈に焼き付いた記憶と、擦れ違った時に目で追った一瞬くらいのものだった。


「きっと、お前が見てきた令嬢とは全く違うから」


 そのジスラン先輩の言葉の意味が知りたくて、一度だけその笑顔を向けられてみたくて、私は彼女に寄り添うフリをして言葉巧みに導いた。

 そうしてダニエルに恋をしていると聞かされた時は心がズキズキと痛み、私自身の気持ちを知った。

 まさか自分にこんな感情があったとは。

 それから私の言葉に右往左往したり、目を輝かせたり、突然警戒したりと、コロコロ変わる表情が愛おしくて、そしてダニエルの恋を祝福し聖母のような柔らかな笑顔を向けられた時は、そのまま抱き締めたい衝動に駆られた。

 その瞳に自分が映っている――たったそれだけのことがこれほど嬉しいのかと自分でも驚いた。

 これが恋でないと言うのなら、私は一生恋など出来ないだろうと、そう思うほどに惹かれていた。



 だというのに、


「わたくしもダニエルのように、誰かを想って浮き立つような、そんな相手が見付かれば恋だということですわよね!」


と、嬉々として話されて。

 全く――どうしたら気付かせられるだろうか?


「……次は愛を知ってもらわなければ」


 そう。

 どっぷりと浸かるほどの、溺れる愛に。


 さて、次の約束を果たすため、綿密に計画を立てておかなければ。




さて、お知らせしておりました一人称視点は、ユベールに語っていただきました。

完全に獲物を狙うそれになってますね……頑張れフルールちゃん(肩ポン)

※第一章完結に合わせて、投稿分全て改行や空白の修正を行いました。内容はほぼ変更なしです。


次回、第二章の告知です!

主に第一章で登場したキャラクター達が更にイキイキと活躍してくれるストーリーの予定です!

第一章で描かれたフルールの心の傷とは?

兄ジスランとの間に、一体何があったのか……?

ダニエルへの悩みが解消され、恋を知ったことで明るく華やかになっていくフルールに、第一章にも増して嫌な視線と悪意が絡まり始め……?

第二章をご期待下さい!!


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とても励みになります……!

是非とも応援宜しくお願い致します( .ˬ.)"

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