16,またお約束が増えまして
それから翌週になり、定例の水曜ランチの時に「デートは成功した」とダニエルから嬉しそうに報告された。
ベクレル侯爵領の主な事業は林業で、それに伴う輸送や工事、建築の出来る職人や領民が多い。
そこでベクレル侯爵領の職人に作らせた、木彫りのお守りをプレゼントしたらしい。
一方、レオノルの実家であるソラン伯爵領は、製造業を中心とした職人の町だという。
「大掛かりな工事を行っている侯爵領の職人よりソラン伯爵領の職人に頼めば、もっと細工の細かな素敵なものが出来るかもしれないね」
とダニエルが言うと、とても喜んでくれたそうだ。
その流れでレオノルがダニエルの領地に興味を示したらしく、夏休み中に案内する約束を取り付けたと言った。
それを聞いたアレットが「わたくしの家との提携を打ち切らないでくださいませね?」とニヤニヤした顔で笑っていた。
シャリエ侯爵領は観光地のため、ホテルや施設の建設に木材も人員も必要不可欠なのだ。
ベクレル侯爵家にとっても、シャリエ侯爵家との提携事業はかなりの収益になっているはずで、ダニエルは「そんなことするはずないだろう!?」と目を見開いて慌てていた。
フルールはアレットと顔を見合せて、くすくすと笑うのだった。
そうしてテスト期間が終わり、間もなく一学期も終わりを迎える頃。
みなが待ちに待った夏休みがもうすぐやって来る。
クラスメイトも浮き足立っており、帰省や旅行の話で持ち切りだった。
しかしフルールは少し憂鬱で、一日元気がなかった。
花瓶の花を入れ替えながら小さく溜息を零すフルールに、生徒会役員達は心配そうにしていた。
ダニエルやアレットはその理由を知っているから、普段と変わらず接している。
しかし理由を知らない人達からすると、普段のぽやっとした雰囲気ではなく、明確に元気がなさそうなフルールは珍しい。
ユベールが声をかけそうな雰囲気を見て、エリゼはその場に居たセルジュを引っ掴んでそそくさと出ていく。
「どうした?」
「……え?なにがでしょう?」
「明らかに元気がないだろう」
そう言われ、フルールは目を瞬いた。
クラスメイト達からは一言もそんなことは言われなかったし、フルール自身も顔に出しているつもりはなかった。
しかし考えてみれば、生徒会室に来てからぼんやりとしていた気はする。
約三ヶ月の間でこの場所は、どうやら気が抜けるほど居心地の良い空間になっていたらしい。
「ご心配をおかけしました。大したことではございませんのよ?」
ふふっと笑うフルールの横にユベールが並ぶ。
続きを促すように黙って首を傾げるユベールに、フルールは歯切れが悪そうに「領地に帰るのが、少し……」と言った。
「領地が好きなのではなかったか?」
「えぇ、大好きですわ。ですが領地には……お兄様がいらっしゃるから」
「君は、ジスラン先輩とは仲が良くないのか?」
率直な質問に、フルールは困ったように眉を下げて笑顔を作った。
ジスランを知るユベールにこんな話をして、兄の評価が下がらないか、もしくは兄に話がいかないか、フルールはぐるぐると考えてしまう。
ぽんと肩に手を乗せられ、その後軽く手を持ち上げられると、ユベールにエスコートされ生徒会室のソファに座らされた。
「家族や兄妹にだって相性はある。フルール嬢がジスラン先輩を嫌っていたからといって、私が彼への態度を変えることはないし、何かを言うこともない」
「ユベール様……」
「君は溜め込みがちだろう? 話せるなら話してくれないか? 名前まで聞いてしまっては気になるだろう」
少しむくれた声色で問うユベールにフルールは目を瞬いた後、くすりと笑みを零した。
ユベールは自分が気になるから話せと、無理に聞き出した体を作ってくれているのだ。
その優しさに甘えるように、ジスランのことを話し始めた。
フルールは決してジスランが嫌いなのではない。
正しくは己がジスランに嫌われている、とフルールは思っているのだ。
初めてユベールに屋敷まで送り届けてもらったあの日、ジスランも屋敷に居たが、ほとんど顔を合わすことはなかった。
次期伯爵家当主として父と社交に出ていたようだが、三週間ほどで二人とも領地に帰っていった。
ほとんど擦れ違いで、あまり話す機会もなかったのだ。
「だが、ジスラン先輩は去年まで学園に通っていただろう? それならあの屋敷で一年は共に過ごしていたのではないのか?」
「確かにお兄様もあの屋敷に居たようなのです。けれど、一緒に食事を取ることもありませんでしたし、わたくしより先に学園に行き、わたくしより後に帰ってきていたようなので、本当に挨拶をすることさえありませんでしたの」
そうなのだ。
ジスランが居るという事実はあるのに、当人と挨拶どころか顔を合わすことさえ稀で。
フルールは避けられているのだと思い知らされた。
「春の社交の期間は学園で疲れたからと言い訳をして、ずっと自室で食事をとっておりましたの。お兄様はわたくしと会いたくないでしょうから。……けれど、領地に戻ればそうはいきません。お父様はお兄様とわたくしを呼んで、三人で食事をしたがるでしょうし、わたくしもそれに応えて差し上げたいと思っておりますの。ただ、お兄様が不快に思わないか……それだけが気がかりで」
その言葉から、決してフルールが会いたくないわけではないと伝わってくる。
ユベールはジスランとの出会い、そして彼が卒業していくまでに交わした会話を思い返した。
「……このままで、いいはずないですよね。先輩」
低く小さな声で呟かれた言葉はフルールの耳には届かず「何か仰いました?」とユベールの顔を覗き込んでいる。
「酷なことを言うと、仮にこの夏休みに帰省をしなかったとしても、問題は先送りになるだけだろう。長期休暇が来る度に、同じように悩むことになる」
「そ、うですわね」
言葉を詰まらせながら返事をし、俯くフルールにユベールは提案する。
「関係を改善するにも、見切りを付けるにも、判断するために逃げてはいられない。帰省の時に何かプレゼントでも用意をして、腹を割って話す機会を作ってみてはどうだろうか?」
問いかけるユベールに「そうしようかしら……」と返しながらもその言葉に覇気はなく、フルールは未だ踏ん切りが付かなさそうな様子だった。
その背中を後押しするべく、ユベールは悩みをすり替えることにした。
「彼は馬が好きなのだろう? 領地でも馬には乗っているのか?」
「えぇ。果樹園や畑の視察をする時、馬は欠かせませんから。馬車で移動していては時間がかかりすぎますし、夏のこの時期は頻繁に馬を走らせて、領地を見て回っていると思いますわ」
「それなら無難にハンカチでもいいだろうし、水分補給のための水筒や、乗馬用の夏用グローブなんかもいいだろう」
「……あの、ユベール様。お恥ずかしいことですが、わたくし、お兄様の好みなど皆目見当がつかず、好きな色さえ知らなくて……」
しょんぼりするフルールに、ユベールは力強く頷いた。
「私も好みまでは分からないが、私ならジスラン先輩の使っていたものと比較して、贈り物を選ぶことも出来るだろう。フルール嬢が領地に帰る前、何かいい物がないか探しに行くか?」
「い、いいのですか!?」
フルールは懇願するようにずいと顔を寄せ、ユベールに迫る。
勢いに押されて一歩下がったユベールを見て、フルールはコホンと咳払いをし「失礼しました」と一歩下がった。
「では、また後日日取りを決めよう。すまないが今日は私用があってな。これで失礼する」
「そうでしたのね! お忙しいのにお話を聞いて下さり、ありがとうございました」
お礼を言うフルールに軽く手を上げ、荷物を持ち生徒会室の扉を閉めたユベールは、その場で小さくガッツポーズをした。
ユベールは『兄と向き合って話す』という悩みから『兄へのプレゼント』という悩みにすり替えたのだ。
仲の拗れた兄と話す悩みよりも、兄へのプレゼントに悩む方が難易度としては低く、更にユベールからの助言という解決方法が得られるとあれば頷きやすいだろうと睨んでのことだった。
そしてそのおかげか約束を取り付けることにも成功した。
会う日程を夏休み期間にすれば、一日デートに連れ出せるのではなかろうか。
ジスランと話せたのかなど結果を聞くのは新学期になるだろうが、次の話のネタがあることもとても好ましい。
ユベールは緩みそうになる頬を引き締め、生徒会室を後にしたのだった。
一方、フルールはユベールの思惑に何も気付いておらず、後日それをアレットとダニエルに話し、
「貴女、またカスタニエ様とお約束したの……?」
「しかもそれ、ジスラン様と話すことが決まったようなものだけれど、フルール、大丈夫……?」
と呆れ顔で問われ、声にならない悲鳴を上げた。
(なんで!? どうしてっ!? 本当ですわ、わたくしまたユベール様とお約束をしてしまっているではありませんか! しかも、お兄様へのプレゼント選びって、そもそも話す前提じゃありませんか!? いつの間に!? いつそんなことになりましたの!?)
打ちひしがれるフルールの両肩に、アレットとダニエルが片方ずつ手を添える。
それはまるで救いの手のようで、やはり頼れるのはこの二人だと顔を上げたフルールだったが、二人から苦笑混じりに「諦めなさい」「諦めようね……」と言われ、再び嗚咽を漏らし打ちひしがれた。
(やっぱり! ダニエルよりも!お兄様よりも!! ユベール様が一番難問ですわっ!!!!!)
こうしてフルールは一学期の終わりを迎え、夏休みに突入していくことになるのだった。
最後の最後まで、フルールちゃんらしく突っ走っていただきました(笑)
明日・明後日、一人称視点での物語を入れさせていただくのですが、果たして誰視点でしょうか……?
フルールちゃんの今後が気になるっ!
ユベール様が本領発揮を見せる今後は如何に?
など、第二章を期待いただけた方がいらっしゃいましたら、
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