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15,恋とは何かを知りまして


「……大丈夫か?」


 労るような声に問いかけられて、フルールの(つぐ)んでいた口は素直な言葉を紡ぎ始めた。


「ユベール様。わたくしはどうやら、ダニエルに恋をしていたのではなかったようなのです。それを実感したのですわ」

「そう、なのか?」


 ユベールはフルールの言葉に少し返事を詰まらせていた。

 そちらへと視線を向けると、少し目を丸くしたユベールの瞳がフルールを捉えている。

 フルールは苦笑を漏らし、先程までダニエルがかけていたソファへと視線を戻した。


「わたくしは、ダニエルのあの屈託のない笑顔が好きでしたの。まっすぐわたくしを見てくれる、あの穏やかな瞳が」


 フルールの言葉は、まるで恋をしていた少女そのものだった。

 ユベールは眉を(ひそ)め、伺うようにフルールを見ると、その少女は晴れやかな顔で涙を浮かべていた。


「あの笑顔が、あの瞳が、わたくしを見てくれなくなるのではと、不安で不安で仕方がなかった。わたくしをここまで引っ張ってくれていた片方の手が、二度とわたくしの届かないところに行ってしまうのではないかと、それがとても怖かった」


 フルールは指で涙を拭い、そして微笑んだ。

 瞳を潤ませながらユベールを見上げる表情は、友人の門出を祝福するそれだった。


「ダニエルはレオノル様が気になるようなのですわ。けれど、それを聞かされてもわたくしの心は痛まなかった。それどころか、ダニエルに相談されたことが嬉しくて、そしてあの笑顔で感謝をされて、分かりましたの。レオノル様が現れても、変わらずわたくしにあの笑顔を向けてくれる……わたくしは、それだけで十分なのだと。レオノル様と幸せになって欲しいと、そう心から思えたのですわ」


 その聖母のような温かな笑顔に、ユベールは何も言えず見蕩(みと)れていた。

 一向に返事のないユベールに、フルールが「ユベール様?」と声をかけると、ユベールはハッとした様子で「そうか」とだけ言葉を返した。


 そしてユベールは気まずげに頬をかくと、


「それでは、お茶係は終了だろうか」


と苦しげに言葉を零した。

 フルールは暫く何のことかと考えていたが、そもそもこの話はダニエルの恋の相談役になるため、お茶係を任されるに至ったのだと思い出す。

 ダニエルに振り向いてもらう必要性がなくなった今、恋の相談役になる必要もなければ、心を痛めることもないのだからユベールに話を聞いてもらう必要もない。


 元々フルールにとって、場違いで恐れ多いと思いながら始めたお茶係だった。

 しかし今となっては、生徒会役員の全員とそれなりに親しくなり、淑女会に属する三人とはお友達になれた。

 アレットとダニエルにばかり頼りきりで、表面的にしか親しく出来なかったフルールが、この数ヶ月で沢山の出会いや縁を得た。

 そのきっかけとなり、フルールの新たな道を開いてくれたのは――……


(ユベール様が、わたくしを外の世界に連れ出してくださったのね)


 ジスランにどんな借りがあるのかは、未だに聞かされていない。

 出会った当初、見送らせるつもりはなかったのに、いつの間にか共に歩いていて噂になったり、教室まで突撃してきてフルールを(おのの)かせたりと、厄介なことこの上ない相手だと思っていた。

 けれど、その行動の全てにフルールへの思いやりがあることは間違いなかった。


(どうしてこの方は、わたくしなんかにこれほど優しくしてくださるのかしら。それに今、気まずそうにされているのも、お茶係が居なくなってはきっとご不便だろうに、わたくしの悩みが解決したのに引き止めるのは悪いだろうと、気を遣ってくださっているのでしょうね)


 フルールはふふっと微笑むと、ソファから立ち上がってユベールの前に立った。

 未だ眉を下げているユベールに、フルールは頭を下げた。


「もし宜しければ、このままわたくしにお茶係を勤めさせてくださいませ」

「……いいのか? 正直に言うと、あの時少し強引だったという自覚はあるんだ」


 その言葉にフルールは目を丸くして勢いよく顔を上げると、ユベールは気まずげに目線を逸らしていた。


「やはりそうでしたのね!? お茶が入れられるかと聞かれたのも、本当に直前でしたし、聞かれただけで頼まれてはいませんでしたよね? わたくし、とても驚きましたのよ?」


 フルールがじとっとした目を向け頬を膨らませると、ユベールは苦笑しながら「すまない」と謝る。

 フルールはぷいと顔を逸らすも、暫くして堪えきれず、くすくすと笑みを零した。


「わたくしはあの日、ユベール様にお話を聞いていただけて、それからのご縁でこうして生徒会室にお邪魔させてもらえるようになりました。そうしてローズやセシリア、アーティともお友達になれて、今、少しずつ世界が広がり始めていると感じていますの。そこでわたくしは、恋とは何かを知りましたわ」


恍惚とした表情で遠くを見るフルールの言葉に、ユベールはドキリとした。

 この流れで恋を知ったと聞けば、恋敵だったダニエルが居なくなった今、その相手は――……


「わたくしもダニエルのように、誰かを想って浮き立つような、そんな相手が見付かれば恋だということですわよね!」


両手を胸元で握り、祈るようなポーズでくるりとこちらを見るフルールの目は、それはそれはキラキラと輝いていた。

 と同時に、ユベールの瞳はスンと光を失い、カタコトで「ソウダナ」と返す。

 ユベールの様子に気付かないフルールは、きゃっきゃとはしゃいだ声で


「わたくしにも、あのような恋が出来るでしょうか? 恋の相談役ではありませんが、これからもダニエルの話を聞かせてもらって、恋とはどういうものかを更に学ばせていただけると嬉しいのですけれど」


などと楽しそうにしている。

 どうやらフルールの中でお茶係は継続らしく、当初恋の相談役になる予定だったが、いつしか恋の勉強会のようなものに切り替わりつつあるらしい。

 お茶係を辞めると言われなくて喜ぶべきか、全くと言っていいほど意識されていない現状に嘆けばいいのか。

 ユベールは大きく息を吐き、眉間を揉みほぐすように俯いた。

 そのあまりの深い溜息にフルールは慌てる。


「あ、あの、申し訳ございません、(うるさ)くしてしまって。その、嬉しくてつい……」


 まごまごとするフルールの頭にユベールが手を乗せると、柔らかな髪を優しく()いていく。

 頬を染めて「はぇ!?」と声をひっくり返すフルールに、ユベールは少し蠱惑的な表情で目を細め、けれど獰猛な黒豹が獲物を狙うかのように距離を縮め、顔を近付けた。


「君にも早く、恋が分かるといいな」


 耳元でそう囁き、頭を一撫でする。

 ぽふん!と効果音でも鳴りそうなほど赤面したフルールを見て、ユベールは満足そうに頷くと資料保管室を出ていった。

 隣の部屋から「教員室に資料を届けに出る」とユベールの声が聞こえてきて、扉の閉まる音がした。

 その瞬間、フルールは腰を抜かしてその場にへたり込み、両手で耳を抑えて放心していた。

 ユベールの吐息さえも触れた耳は、耳の先から耳朶まで真っ赤になっていることだろう。


(い、今のは一体……なんでしたの……?)


 ここまで堕ちてこいとでも言うような、低く深く、そして熱っぽい声を思い出し、再び顔から火が出るほどの火照りに、くらくらと目眩がする。

 ぐるぐると考えが纏まらず、あわわ……とフルールが漏らす奇妙な声を、隣の生徒会室でエリゼは聞いていた。




(僕は一体、何を聞かされているんだろうな)


 エリゼは遠い目をしつつ、足早に出ていった我らが生徒会長のことを考える。

 どんな令嬢の黄色い声にも靡かず、甘い誘惑にも見向きもしない、冷徹と言われがちなあの男が。


(こんなにもご執心なのに、細大(さいだい)なく気付かれないのも面白いものだね。大物だよ、フルール嬢は)


 あまりのおかしさにフッと笑ってしまう。

 今日の話をセシリアにしたら、きっと目を輝かせて聞いてくれることだろう。

 愛しい婚約者を喜ばせるため、話の子細を忘れぬようエリゼは彼らの話を書き留めていた。

 さらさらと書きなぐっただけのメモを、セシリアにも渡せるよう丁寧に清書する。

 メモはしっかり裁断して処分し、清書した紙を自分の手帳に仕舞うのだった。




どこまでもピュアなフルールにズッコケたユベール。

更に火を付けてしまったかもしれませんね……。

フルールちゃん、これからどうなってしまうのか?

第一章、三人称視点でのお話しは明日で最後になります!

その後二話あるのですが、一人称視点での物語を入れさせていただき、第一章を完とさせていただきます。

残り三話、どうぞお楽しみください!!


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是非とも応援宜しくお願い致します( .ˬ.)"

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