13,お友達に慰められまして
ローズはティーカップを持つ手を震わせながら、顔を引き攣らせていた。
アーティは静かに額を押さえ、セシリアくすくすと楽しげに笑っている。
フルールはそんな三人を見て、眉を下げて居心地悪そうにお茶に口を啜った。
(どうしてこうも反応が違いますの……? わたくしの悩みって、そんなに変なことですの?)
と、全くもって頓珍漢な方向に思考を働かせているフルールのことなど分かるはずもない三人は、それぞれ内心でこう考えていた。
(ダニエル様のことをどうこう仰っていますけれど、きっと幼馴染が自分を置いて、大人の階段を上るのが寂しいだけですわよね!? ダニエル様のこともほとんどアレット様とセットでしか話されませんし、それを言うならアレット様にも恋していることになりますわよ? それよりも貴女の場合、ユベール様の方が問題でしょう!?)
(カスタニエ様は常に冷静沈着で、令嬢に対して靡くことのないクールな方だと思ってきましたが、周囲への印象操作も含めてフルールをきっちり囲い込んできているような……。外から見ているだけでは分かりませんでしたが、これほどあからさまに行動される方だったのですね)
(ユベール様はあまり感情を表情にも言葉にも出されない方ですから、少し怖い方だと思って避けておりましたけれど、愛した方には熱烈な方でしたの? それともフルールだから、あの方を柔らかく解して差し上げられるのかしら)
フルールは精一杯ダニエルとの現状を語っていた。
しかし、聞き手の三人は誰も口に出してはいなかったが、満場一致で「それは恋ではないのでは?」と思っており、それ以上にユベールの術中に嵌っていくフルールに「ご愁傷様……」と胸の内で合掌していた。
そしてローズやアーティはフルールの話を聞き、自分が全くもってユベールに意識されていなかったのだと再認識した。
セシリアはユベールに対し元々異性としての興味はなかったが、ローズやアーティはこんな話を聞かされては諦めるしかあるまい。
この哀れな野うさぎが穏やかに飼われるだけで捕食されぬよう、三人は見守る友達としての立ち位置に徹しようと心に決めた。
「つまり、フルールはそもそもベクレル様への気持ちがどういうものか、分からなくなっているんですね?」
「はい、そうなのです」
アーティの質問に素直にフルールは頷く。
ローズは静かにティーカップをソーサーに戻すと、思い切ってアレットにも同じことが言えるのでは?と伝えてみることにした。
「確かに十年近くも側に居ては、それが当たり前のようになっていらっしゃったのでしょうけれど。ねぇ、フルール。いつかはダニエル様だけではなく、アレット様にも婚約者が出来て、ご結婚なさるでしょう。ベクレル様もそうですけれど、アレット様とだって、ずっと貴女と一緒には居られませんのよ?」
そう言われたフルールの心は、ダニエルの見合い話を聞いた時のように、心臓がきゅっと収縮したかのような心地になった。
ぎゅっと胸元を掴んでいると、はぁと大きな溜息が聞こえてきて、フルールはそろりと顔を上げた。
「その胸の痛みは、ダニエル様の時と近くありませんこと?」
「えっ?あ……」
ローズから言い当てられたような気がして、フルールの肩はぎくりと跳ね上がる。
そして、自分の感情をゆっくりと考えてみた。
ダニエルからお見合い話を聞かされた時を思い返すと、確かにこの苦しさはあの時と近い気がする。
「アレット様は同性ですし、ベクレル様よりは気兼ねなく接することは出来るでしょう。けれど、今までと全く同じではいられないでしょうね」
「そうですわよねぇ。けれど、アレット様だってご結婚されて、身重になられたりお子をご出産なさったら、暫くは屋敷から出られなかったり、ご都合が付かなくなることも出てくるのでは?」
「ダニエルも……アレットも…………二人とも」
アーティやセシリアからも追い討ちをかけられ、フルールはどんどんと顔色を悪くしていく。
二人が側から離れていく世界を想像して、フルールは掻き抱くように両手で体を掴んだ。
突然様子がおかしくなったフルールを見て、三人が慌てて駆け寄ると、フルールは呼吸のリズムを狂わせ過呼吸のような状態になっていた。
「フルール!?」
「ちょ、ちょっと貴女! しっかりなさい!」
「アーティ、それにローズも。大きな声を出してはなりませんわ。――フルール。ゆっくり、大きく息を吸って、大きく息を吐くの。落ち着いて。大丈夫、大丈夫ですわよ」
慌てる二人とは違い、セシリアはフルールの背中を撫でるように摩り、いっぱいいっぱいのフルールに優しく聞かせるように指示を出した。
するとセシリアの言葉に従って何度か深呼吸を繰り返し、暫くして呼吸が整ってきたフルールは、悲しげな表情で「申し訳ございません」と謝罪を述べた。
まだ少し顔色は悪いものの、落ち着いたフルールはお茶に手を伸ばす。
それを見て三人は再び席についた。
「貴女、その……」
「分かっておりますの。わたくし、二人に頼ってばかり生きてきてしまって……二人が居ないことが、考えられなくて」
フルールはティーカップの縁を撫でながら、二人に頼って生きてきたこれまでと、そのきっかけを思い出す。
目を伏せるフルールに、ローズはきつい言葉をかける。
「貴女のソレは本当に恋なの? 依存の間違いなのではなくて?」
「ローズ、ちょっと」
言葉を遮ろうとするセシリアに、ローズは首を横に振った。
まっすぐフルールの目を見て、言葉を投げかける。
「ねぇ、フルール。わたくしは今日まで貴女のことをきちんと知らなかったし、それに誤解だってしていましたわ。でもこうして貴女と話すことでお友達になれた。そうですわよね?」
「え、えぇ……」
「そんなわたくしも、セシリアやアーティだって、いずれは結婚するでしょう。そしてそれは貴女にも言えることですわ」
「わたくし、も」
ローズの言葉を噛み締めるように声を発したフルールに、ローズは眉を下げて笑みを浮かべた。
「わたくし達は知り合ったばかりで、貴女が何故あの二人なくして生きてこれなかったのかなんて、何も知りませんわ。けれど、わたくし達はもう子供のままではいられませんのよ。その恋心のようで、そうではないかもしれないと思う気持ちは、友達と離れ離れになり、大人になっていくことへの不安な感情から来るのではなくて?」
「大人に、なること」
復唱するフルールにセシリアやアーティも笑みを浮かべ、お茶菓子を勧める。
フルールは目をパチパチとさせながら、一人ずつ視線を向けた。
「変わっていくことや大人になっていくことに、不安を抱くなんて普通ですよ」
「フルールは溜め込みがちなのね。二人に相談出来ないことなら、これからはわたくし達がいつでも聞きますわよ」
「そうですわ。それに貴女、わたくし達や他の方と縁が出来たとて、二人を大切に思う気持ちに変わりはないでしょう?」
ローズに問われたフルールは、迷うことなく「勿論ですわ」と頷いた。
それを見たセシリアは「本当にあの二人がお好きなのね」ところころ笑い、アーティも「一も二もなく肯定してもらえるお二人が羨ましいですね」と微笑んでいる。
「それは二人も同じなのではなくて? 他に仲の良い友人が出来たとしても、婚約者が出来て結婚したとしても、二人にとって貴女が大切な幼馴染でありお友達であることに変わりはないでしょう? だから貴女だって、大切な人を増やしていけばいいのよ。これからは二人が居る場所だけではなく、もっと広い世界を見ればいいわ。そうしたら貴女の気持ちにだって、自ずと答えは出るのではないかしら?」
そう言われ、フルールは三人のそれぞれの言葉をゆっくりと飲み込むように聞いていた。
(わたくしにいつか婚約者が出来て結婚したとしても、わたくしがダニエルやアレットを嫌うなんて有り得ないわ。――そっか、わたくし……ダニエルに婚約者が出来たら、ダニエルがわたくしをもう見てくれなくなるのではって、それが怖かったのね。二人が結婚したって、わたくしが結婚したって、わたくし達が大切なお友達であることに変わりないのね)
ローズの言葉は、波立ち不安定だったフルールの心を鎮めてくれた。
静かに凪いでいく感情は、これからの未来に思いを馳せる。
(大切な人を、増やしていく――……)
その言葉でふと浮かんだ顔は、何故かダニエルではなくユベールで、フルールはぎょっとした後ふるふると左右に首を振った。
それから暫く百面相をしているフルールを見て、三人はくすくすと笑うのだった。
初対面の三人にもドン引きされてしまうほどの天然フルールでございます(笑)
ローズや三人から言われた言葉で、ついにダニエルではなくユベールが頭に過ぎったようですが……?
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