12,お友達が出来まして
「まっ、美味しい……!」
「お口に合ってよかったですわ」
フルールはそう言いながらも、内心首を傾げていた。
(どうしてわたくし、彼女達にお茶を入れることになったのでしょうか……?)
それは小一時間ほど前に遡る。
失態をしてしまったと頭を抱えていたフルールだったが、どういうわけかこちらを睨み付けていたはずのローズとアーティは、花の棘が取り除かれたように柔らかな表情で苦笑していた。
セシリアだけでなく、二人からも友好的な雰囲気が見て取れたのだ。
「まさかそんなあけすけに全てを語ってくださるなんて、思いもしませんでしたわ」
「す、すみません……っ」
ローズの言葉に顔を青くして頭を下げるも、軽やかな声で「いいのよ、顔を上げてちょうだい」と言われ、恐る恐る視線を上げた。
「わたくしはルモワール公爵家が次女、ローズ・ルモワールですわ。ローズで宜しくてよ」
「私はヴァリエ伯爵家が長女、アーティ・ヴァリエと申します。私のこともアーティとお呼びください」
「わっ、わたくしはメルレ伯爵家が長女、フルール・メルレと申します。どうぞフルールとお呼びください」
何故か先程とは打って変わって、和やかな雰囲気で自己紹介が始まった。
ローズは高慢そうな言葉ではあるが優しい声色で、アーティは生真面目そうな丁寧さで、フルールへと名を名乗る。
反射的に答えながらも、フルールは何が何だか分からず視線だけキョロキョロさせていた。
「まさか、ユベール様の選んだお茶係の方がこんな方だったなんて。噂は当てになりませんわね。誑かすなんて微塵も考えなさそうな方ではありませんか」
「全くです。アレット様のお言葉にもっと耳を傾けるべきでしたね」
「アレット?」
フルールはここでも救いになりそうな名を聞いて、ぱぁっと顔色を明るくした。
「そうですわ。アレット様も侯爵令嬢として淑女会に属していらっしゃるから、誰よりも貴女を知るという彼女から話を聞きましたの。けれどわたくし達は、アレット様が仲の良いフルール様を庇われているのだと思い込んで、大多数の意見ばかりを真に受けてしまったのですわ」
「ちなみに、アレットはなんと?」
「え、えぇと……『あんな小心者で気後ればかりのフルールが、好き好んで格上の令息達に近付くわけがない』と」
視線を泳がせ、口をごにょごにょとさせながらローズはそう言った。
フルールは「お、おほほ……」と乾いた笑いを漏らしながら、もっとオブラートに包んだ説明はなかったのかと心の中でアレットに毒づいた。
「そういえば貴女の悩みを聞いて、ユベール様は貴女をお茶係に命じたと、そう仰っていましたわね?」
「え、えぇ。そうですわ」
「フルール様の悩みとは何なのです? 生徒会に居るのがいいという理由がイマイチ思い付かないのですが」
フルールは三人から視線を向けられ、どうしようと膝の上の両手を見つめた。
自分の悩みを、というよりも、自分の気持ちを打ち明けるのが怖い。
きゅっと唇を引き結んでいると、パンッと軽快な音が響いて、フルールは顔を上げた。
手を叩いたのはセシリアのようだ。
「そうですわ! せっかくですもの。楽しくお話しするなら、お茶やお菓子を用意しましょう」
「それはいいですね。以前購入しておいた新しいお茶菓子がありますよ」
「あら、丁度いいではありませんの! アーティ、それを並べてくださる? セシリアはお茶の準備を……あっ、そうですわ!」
ここで今度はローズがぽんと手を打った。
いいことを思い付いたと言わんばかりの表情で、
「生徒会のお茶係がいらっしゃるんですもの。
フルール様に入れていただくのはいかが?」
と言い始めたのだ。
「まぁ!名案ですわね!」
「生徒会でどんなお茶が飲まれているのか、確かに興味が湧きますね」
賛同するようにセシリアとアーティがはしゃぎ出した。
知らぬ間にフルールがお茶を入れることになっていて、セシリアに手を引かれるまま、簡易的なキッチンに連れられた。
「茶葉はここからここまでですわね。お好きな香りのものを好きに使ってくださって結構ですわ」
「は、はえぇ……」
学園の上位貴族の令嬢しか入れない淑女会らしく、簡易的なキッチンだというのに、取り揃えられている茶葉は高級なものばかり。
ティーカップやティーポットは、生徒会室に用意されているものよりも華やかな美しさがあった。
圧倒されながらも、フルールはハッとしてセシリアへと顔を向ける。
「その、先程アーティ様が仰られていたお茶菓子とは、何なのでしょうか?」
「え? えぇと、そうね……。確か箱がソランジュのお店のものでしたから、マドレーヌやガレットではないかしら?」
フルールはそれを聞き、茶葉の容器に視線を戻した。
ふむ、と真剣にそれらと向き合う姿を見て、セシリアは静かに退室していく。
そして最初に至るのだ。
「貴女、お茶を入れるのが本当に上手でしたのね!」
「い、いえ、それほどでも」
「芳醇な香りとコク、それに自然な甘さが丁度いいですね」
「お茶菓子に合わせてミルクも用意してくれたのでしょう? ストレートでも美味しいけれど、お菓子を食べた後、わたくしはミルクをいただいても宜しいかしら?」
どうやら入れたお茶は全員に満足してもらえたようで、フルールはほっと息を吐いた。
フルールもこくりと一口飲んで、香り高い美味しいお茶に顔を綻ばせる。
「わたくしの領地ではフルーツが特産品のため、それらに合うお茶を沢山研究しましたの。お茶汲みはわたくしの出来る数少ない取り柄ですので、褒めていただけてとても嬉しいですわ」
少し頬を染めて照れるフルールに、三人はほわりと和む。
嘘のつけなさそうな素直な表情や性格。
貴族令嬢としては不安ではあるが、これほど人柄が澄んだまま成長することも稀である。
三人はそんなフルールをいたく気に入った。
「ねぇ、フルール様。わたくし今日から貴女をフルールと呼ぶわ。貴女もわたくしをローズと呼びなさい。最初失礼な態度を取ってしまったけれど、これから仲良くしてくださらない?」
「私も同じく、貴女を噂のような人だと決め付けてしまいました。申し訳ございません。私のこともアーティと呼び捨てで呼んでください」
「ふふふっ。わたくしも交ぜてくださいな。フルール様、わたくしのことも敬称なくセシリアとお呼びになって。是非わたくしともお友達になってくださいな」
三者三葉の言葉だが、そのどれもがフルールと仲良くなりたいと語っていた。
その言葉にフルールは少し目を丸くしながら瞳を潤ませた。
「おと……もだち……」
その言葉を聞いたのは、アレットとダニエル、二人以来久々だった。
学園の友人達は「お友達になりましょう」と言って友人になったわけではない。
たまたま席が近かったから、たまたま家柄が近かったから、お互い縁を繋いでも問題なさそうだから。
そうして出来た繋がりを決して悪いとは思っていないけれど、今回の一件で離れていってしまった人達は少なからず居た。
彼女達三人は、特にローズやアーティは初めフルールを嫌っているようだった。
それなのに、あんな思いの丈をぶちまけるような自分を見てくれた上で、友達になろうと言ってくれている。
それがフルールに過去を思い出させた。
「貴女は確かに落ち着きはないし危なっかしいけれど、決して愚かな子ではないわ。寧ろ、見ていて心配になってしまうもの。仕方がないから、わたくしが面倒を見て差し上げますわ」
「フルール嬢はとても優しくて思いやりがあるんだね。ねぇ、僕達と友達になろうよ」
心を閉ざしかけていたフルールに手を差し伸べてくれた二人。
二人が居たから、フルールはこうしてへらりと笑って生きていられるのだ。
そうして新たな縁が今、目の前にある。
得意げな表情のローズ。
柔らかな微笑みを向けているセシリア。
真剣な表情で見てくれるアーティ。
フルールはそんな三人に破顔した。
「えぇ。わたくしで宜しければ、どうかお友達になってくださいな」
フルールは久々に出来た友達に胸を踊らせ、そしてせっかくだからと勇気を出し、三人に自分の話を聞いてもらうことにした。
何かアドバイスはもらえないかと、そんな期待を込めて――。