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11,婚約者達にぶちまけまして


 この約一ヶ月で溜まりに溜まった鬱憤を晴らすように、フルールは驚くほど早口で捲し立てた。


「生徒会の方々を思い浮かべてくださいまし! ジュアン様はとても温厚で皆から慕われていて、柔らかな見目も相まってとても人気のご令息ですわ。アルカン伯爵令息はずば抜けた学力をお持ちで、会計としてのお役目も非常に丁寧で的確な方ですの。バラチエ辺境伯令息はとても逞しく強いお方で、背が高いから怖い方だと誤解されがちですが、重たい書類を率先して運んでくださるようなお優しい方ですのよ。ダニエルはわたくしの幼馴染ですから、どれだけ温かい人かよく知っておりますし、ユベール様は公爵令息という身分以上に、ご自身の(たゆ)まぬ努力は勿論、その身分に見合う立ち居振る舞いを徹底され、いつだって周囲に気を配っていらっしゃいますわ。わたくしはこのひと月、生徒会役員の方々と接する機会を与えていただき、素晴らしい方々だと再認識しましたの」

「で」

「そこで、あの方々を優秀な獅子や鷹のようと例えるとしましょう。そうしたらわたくしなど、そこらを駆ける野うさぎのようなものではありませんか!」

「の、」

「捕食として言うなれば、皆様方のような上質な高級肉が大勢いらっしゃるというのに、わたくしのような野うさぎの肉などにどれほどの魅力や価値がありましょう。 そのように場違いだと分かっていながら過ごすことが、どれほど恐ろしいことか! いつ何時(なんどき)あの方々の前で粗相をしないか、ご迷惑をおかけしないかとヒヤヒヤしておりますのに!!」

「「「え……?」」」


 三人は「ですから何故そんな方々の所に貴女なんかがいらっしゃるの?」や「の、野うさぎ……?」と言おうとしたが、テラスの時同様、フルールの立て板に水のごとき力説に、誰も一切口を挟む隙がなかった。

 唖然としている令嬢達を置き去りにし、更にフルールは更に追撃する。


「身の丈に合わないことなど求めて何になりましょう! 後ろ指を指され、笑われる未来しかないではありませんか! 上位貴族の令息から見初められる……それは確かに歓喜の極みでしょう。けれどそうして高みを追い求め、それを掴み取った先で、本当に幸せになれるのでしょうか? 分不相応な身で、愛し愛される未来があるのでしょうか? 常に無理をして背伸びをし続けるなど、いつかふくらはぎが吊ってしまうでしょう? それと同じことではありませんの? より一層、己の首を絞め、呼吸のし辛い場所に身を置くだけだと、そうは思われませんか?」

「そ、それは……」


 ここで初めて問いかけられたローズは、フルールの言葉に頭を殴られたような心地だった。


「わたくしにとって、今がまさにそれなのですわ。けれど、ユベール様がご配慮下さったのです。わたくしの悩みに寄り添い、その結果としてお茶係として生徒会に居るのが一番いいだろう……と。わたくしは己の未熟さをよく知っております。至らない点ばかりだということも、お茶係として生徒会に居させていただくことが烏滸(おこ)がましいことも重々承知の上ですわ。ですが、わたくしなぞの悩みのために手を差し伸べ、お茶係を任せていただいたのです。そんな方の顔に泥を塗るようなことなど、どうして出来ましょうか! ですからわたくしは笑顔を絶やさぬまま精一杯背伸びをし、彼の方々の足でまといにならないよう励むしかないのですわ!!」


 ハァハァと息を荒げながら言い切ったフルールは、ハッとした後、すとんと体が崩れ落ちるように椅子に座り直した。



(やってしまいましたわーーっ!!)



 以前のテラスでの一件、アレットからは笑いながらその光景を見たかったと言われてしまった。

 そして、それくらい言ってやればいいのよと言われていたが、フルールとしては八つ当たりのようなものではないかと反省していたのだ。

 またやってしまったと頭を抱えるフルールだが、それを聞いていたローズとアーティは目を見開き、顔を見合せていた。

 そこに、くすりと笑みを零したのはセシリアだった。


「メルレ伯爵令嬢は、わたくしの婚約者であるエリゼ様を、そのように褒めてくださるのね」

「あ、あの……決して疚しい気持ちなど何もなく」

「えぇ、えぇ。先程の発言を聞いて、そんな風には思いませんわ」


 セシリアは立ち上がると、フルールの側へと寄ってきた。

 そしてその両手を取り、にこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。わたくしの婚約者を褒めてくださって。とても嬉しいですわ」

「そ、そんな……。わたくしは皆様が思われていることを話したに過ぎませんもの」


 フルールは恐縮するも、セシリアは首を横に振った。


「いいえ。それをそのように素直に言うことは、この貴族社会では酷く難しいことですのよ。わたくしはサレイユ侯爵家が次女、セシリア・サレイユと申します。どうぞセシリアとお呼びくださいな」

「わ、わたくしはメルレ伯爵家が長女、フルール・メルレと申します。わたくしのことも、どうぞフルールとお呼びください」


 セシリアの穏やかで柔らかな雰囲気は、彼女の婚約者であるジュアン侯爵令息を思わせた。

 似た者同士なのだろうと微笑むと、セシリアからもにこりと笑みを返された。



 その様子を黙って見ていたローズはというと、フルールの言葉を思い返していた。


 ローズの姉、クレア・ルモワールは王太子の婚約者として選ばれ、その仲睦まじさも折り紙付きだ。

 幼い頃からその二人を見てきたローズにとって、いつか自分にも王子様が現れるのだと決して疑っていなかった。

 しかし、王太子の下に生まれたお子は女児ばかりだったため、次に生まれた第二王子は自分よりも五歳も年下になってしまった。

 それに、ルモワール家から時期王太子妃、ひいては王妃が選ばれたとなれば、ローズまで王家に連なる者に嫁ぐなど有り得なかった。

 勢力図が崩れてしまうことを懸念され、お前は無理だと諭されてきた。


 それでもローズは諦め切れなかった。

 お姉様だけ王子様に選ばれて、後に生まれただけでわたくしにはその縁の土俵にすら立たせてもらえないだなんて、と……不満を募らせていた。

 だからこそ、せめて同じ公爵家に……そう、未だ婚約者の決まっていない公爵令息であるユベールに目を付けていた。

 辺境伯など、王都から遠く離れた地に飛ばされるなんて真っ平だと、婚約者であるジュールの誘いに耳を貸すことなく突き放し続けていた。

 相手の気持ちなど、まるで考えずに。



 アーティも同様に、フルールの言葉に耳が痛いと苦笑を漏らしていた。


 アーティは単純に、より上位貴族の方と縁を結びたいと思っていた。

 決してヴァリエ伯爵家に不満があるわけではなく、周りと比べて我が家が劣っているとも思っていない。

 しかし、女性ばかりの茶会はマウントの取り合いばかりで、少しでも隙を見せれば攻撃され、良い行いをしても点数稼ぎと言われる。

 そんな馬鹿らしい茶会でも、身分が高ければ表向き煩わしい声を聞くことも少なくなる。

 裏ではどうかなど知ったことではないが、褒めそやされ持ち上げられ、にこにこと楽しげに茶を飲んでいる。

 それを見て羨むなという方が無理だろう。


 そう思うと、婚約者のセルジュでは心許(こころもと)ない。

 自分と同じく伯爵位な上に、そもそも彼は次男で伯爵家を継ぐことが出来ない。

 恐らくアルカン伯爵の所有している他の爵位を譲り受けることになるだろうが、そうなれば伯爵位どころか子爵位や男爵位になるだろう。

 それだけは耐え難いと思い、ユベールと近付ける機会を伺っていたのだ。

 自身の婚約者との関係を蔑ろにして。



 そんな二人は、フルールの言葉が胸に突き刺さっていた。

 心のままに婚約者を突き放し、あまつさえ己には不十分だと、相手を見下しているような態度を取り続けてきた。

 その上、縁すら繋げることの出来ないユベールに対して、利己的な想いを寄せるなど身勝手にも程がある。

 そうして背伸びをし無理やり縁を繋いだとして、それで幸せになれる未来が果たして来るのだろうか。

 そもそもそんな身勝手な自分のことを、ユベールどころか誰が大切にしてくれるというのか。


(わたくし、自分のことしか見えていませんでしたわ。思い上がっていましたのね……)


 声をかけた時の表情とは打って変わって、セシリアにふわりと微笑む穏やかそうなフルールを見て「完敗ですわね……」とローズが零し、アーティは深く息を吐いていた。




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