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10,婚約者達に囲まれまして


 あの怒涛の日々からひと月が経過し、フルールは――とてもげっそりしていた。




 アレットとダニエルから噂の詳細を聞いてから、昼間や授業の合間には令嬢達の襲撃を受け、放課後は生徒会室に向かい、日々心休まらない生活を送っていた。

 突撃してきた令嬢達には徹底して「己の兄がユベール様と縁があったようで、お茶係が居ないことで不便だから頼めないかと依頼されましたの。決して婚約者などではございませんわ」と説明し、睨まれながらも事なきを得ることに成功した。


 しかし、周囲はフルールの行動一つ一つを監視するように、常に視線が纏わり付くようになった。

 アレットから聞かされた通り、同情的であったり心配するような視線もある。

 それはそれでユベールが悪者のように言われているようで心苦しく、フルールの心はずっとモヤモヤとしていた。

 ユベール本人にもそのことを話したが、気にする様子もなく「私は問題ないから、好きに思わせておけばいい」と言われてしまった。

 きっとこれまで色々な視線や言葉に曝されてきたのだろうユベールらしく、フルールはかえって心配が増しただけだった。



 そして、本来の目的だったダニエルの恋の相談役としては、あまり進展していない。

 確かに一緒に居られる時間は増えた。

 お茶の時間に少し話すこともある。

 しかし、彼らは基本的に生徒会役員として話し合いや業務をしているので、フルールが声をかけて邪魔をするわけにはいかない。

 お茶を入れる以外は全員の邪魔にならないよう、静かに書類の整理や細々とした雑務を手伝うのがフルールの仕事だった。


 それに――ダニエルと話していて、フルールは自分の想いに疑問に感じ始めていた。


 まず、お見合いの話をされた時のような、胸の苦しさがなくなったのだ。

 それはこうして毎日ダニエルの近くに居られるからかもしれない。

 けれど近くに居られるなら尚更、ダニエルの一言一句に感情が左右されたり、ふとした表情にトキメキを覚えそうなものだ。

 ただ側に居られるだけでドキドキする……と、流行りの舞台でも見た気がする。

 クラスメイトのご令嬢達と「わたくし達もそんな恋をしてみたいものね」と話していたことをフルールは思い出していた。


 ダニエルと居ると安心出来る。

 居心地がよく、息がしやすいと言えばいいだろうか。

 だからダニエルが特別なことに変わりはない。

 変わりはないのだが……。


(わたくし、本当にダニエルに恋をしているのかしら……?)


 それがひと月、生徒会のお茶係をして得たものだった。

 そろそろ新学期での書類を捌く忙しさも落ち着き、ダニエルと話せる時間も増えてくるはずだとユベールから聞いている。

 そうすれば恋の相談にも乗りやすくなるだろう。

 だが、まさか恋心そのものに疑問を抱くようになるとは思わず、フルールは花壇で一人、小さく息を吐いた。

 そこに数人の足音が近付いてきた。


「フルール・メルレ伯爵令嬢ですわね? 今少しお時間宜しくて?」

「……はい」


 こうして声をかけられることにも慣れてしまった。

 そして呼び出される度、肩を下げ縮こまる姿をアレットに見られ、散々叱られてしまった。

 何も悪いことなどしていないのだから堂々としていなさい、と。


 堂々としているなんて、フルールの生きてきた人生で壊滅的に縁のない言葉である。

 しかし、そうしなければ生徒会役員の方々……特に、元凶とも言えるが善意として優しく提案してくれただけのユベールに、もっと迷惑をかけてしまうかもしれない。


 フルールは顔を少し下げたまま、ひたりと目線だけを令嬢達に向けた。

 ――これはアレットに教わったことだった。

 どうしても俯いてしまうというのなら、俯きがちでもいいから目線だけは上げなさいと教わったのだ。

 令嬢達はフルールの表情に驚いたのか、びくっとその場に立ち止まった。


 フルールは決して睨んでいるつもりはなく、おどおどと人を見上げているような心持ちと何ら変わりないのだが、顔を下げながら目線を上げるだけで()めつけるような表情を作り出せるのだ。

 たったそれだけで、のんびりと穏やかな令嬢の雰囲気から一転し、声をかけてきた者をたじろがせることが出来る。

 令嬢達は動揺しながらも「つ、付いていらして」とフルールを何処かに案内し始めた。


 一体何なのかしら……?と思っていたが、歩くこと数分、フルールは向かっている先に見当が付き始めた。

 まさか……とフルールの顔色はみるみる真っ青になっていく。

 はて、一ヶ月前にも似たようなことはなかったかしら……と遠くを見つめるその瞳は、みるみる光を失っていった。



 そして辿り着いた温室には、フルールの想像通り『淑女会』と書かれたプレートが吊り下げられており、フルールは再び放心状態でそれを見上げていた。

 案内人の令嬢達は躊躇(ためら)いなくそこへ入っていく。

だが、フルールはその入口で身動きせず、開け放たれた扉の前で立ち竦んでいた。

デジャヴにも程がある。


「さぁ、早くおかけになって」


 フルールは乾いた笑いしか浮かべられず、ええいままよと温室に足を踏み入れ、用意された席に座った。



 『淑女会』――それは、生徒会を令息達の務める学園での自治的な組織とするなら、令嬢達の務める組織を示すものである。

 どちらにしても、上位貴族の方々が属する役職であるため、フルールは基礎的な知識のみしか知らなかった。

 けれどよくよく見れば、フルールを案内したこの令嬢達は淑女会のメンバーだった。

 そしてアレットから聞かされていた、生徒会役員の婚約者である令嬢達に違いなかった。


 生徒会役員でユベールとダニエルを除く、あと三人。

 三年生で副会長を務めるエリゼ・ジュアン侯爵令息、二年生で会計を務めるセルジュ・アルカン伯爵令息、三年生で監査を務めるジュール・バラチエ辺境伯令息。

 その彼らの婚約者である令嬢三人が揃っていた。


 ジュアン様の婚約者である三年生のセシリア・サレイユ侯爵令嬢、アルカン伯爵令息の婚約者である二年生のアーティ・ヴァリエ伯爵令嬢、そしてバラチエ辺境伯令息の婚約者である一年生のローズ・ルモワール公爵令嬢だった。


 中央に座っているのは、今年入学した一年生を表す深緑色のリボンを着けたローズだった。

 確かに爵位で考えれば彼女が一番だろうが、二~三年生の先輩達を差し置いて真ん中に座るとはいかがなものか。

 おどおどとした表情を出すまいと、なんとか顔の角度を保っていたフルールは三人を伺い見る。


「さて、貴女に聞きたいことがありますのよ」


 真っ先に声を上げたのはローズだった。

 セシリアは困ったような顔で、アーティは静かに一つ頷き、ローズの言葉を聞いている。

 フルールは言葉を詰まらせないよう気を付けながら、ゆっくりと返事を返した。


「……何を聞かれたいのでしょう?」

「しらばっくれないで! 貴女、ユベール様に色目でも使って誑かしていらっしゃるのでしょう?」

「このひと月様子を見ていましたが、貴女のような令嬢を理由なく選ぶなんて考えられません。色々な噂を聞きましたが、決してカスタニエ様が貴女を悪し様に扱っているような様子はありませんでした。それなら、貴女が弱みを握られて下僕のように扱われているという話は嘘になる」

「では、もう一つの噂である、貴女がユベール様を誑かして付き纏っているというのが真実ではなくて!?」


 アーティは淡々と分析するように話し、それに同調するようにローズが声を荒げた。

 セシリアは双方へと視線を行き来させるだけで静観を決め込むらしく、静かにお茶を飲んでいる。


「わたくしなどが、あのお方を(たぶら)かす? そんなまさか」

「では何故、貴女がお茶係を? 貴女の兄といくら接点があろうとも、それは他の令嬢達にも言えることです。カスタニエ様と関わりのある兄弟を持つ者は、決して貴女だけではないのだから」

「そうよ! どうして貴女なんかが」

「わたくしもそう思いますわ!!」


「「「…………え?」」」


 ローズの言葉を割って、激しく同意を示し立ち上がったのは、他でもないフルール本人だった。

 セシリアも含め、三人は揃ってぽかんと口を開けてフルールを見上げている。


 こうして再びフルールの独壇場が開かれようとしていた。




フルールのターン!!


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