1,令嬢達の噂話を聞きまして
「ねぇ、ご存知?アンヌ様、ご婚約が決まられたのですって!」
「まぁ、そうですの!? けれど確か、アンヌ様には想っていらっしゃるお相手が……」
「ですから、その方とのご婚約が決まったのですわ! お相手の恋の相談に乗っていたら、ご自身が婚約者に選ばれたのですって!」
「まぁっ!!」
学園のテラスで密かに囁き合う令嬢達。
話に花咲かせる令嬢達に悟られないよう、静かにお茶を飲みながら聞き耳を立てているのは、彼女達の後ろの席に座る少女、フルール・メルレ伯爵令嬢だ。
正面に座る友達のアレット・シャリエ侯爵令嬢とお茶を楽しんでいたところ、令嬢達が後ろの席に座って話し出したのだ。
「アンヌ様が言うには、身分違いの恋だと元々相手のご令息も諦め気味でしたそうなの。好きな方の恋の相談役だなんて、なんて可哀想と思っていたのですけれど、ご令息が未練を捨てられた時に、ずっと寄り添ってくれていて嬉しかったとアンヌ様を選ばれたのですって!」
令嬢は小声で話しているつもりなのだろうが、話が盛り上がるにつれ次第に声が大きくなっていく。
「素敵! まるで物語のような展開ですこと! 献身的なアンヌ様の優しさに、お相手の方も気付いたのではなくて?」
「とてもドラマチックなお話しが聞けそうですわね! 今度アンヌ様から直接聞かせていただきましょう」
キャッキャウフフと姦しい声とは裏腹に、話を聞いていたフルールは覚悟を決めたような声色で呟いた。
「……恋の相談役になれば、わたくしも……」
「いえ、貴女の場合は彼女達の話と状況が違いましてよ」
「はぅっ」
問答無用な言葉に、フルールはテーブルへと突っ伏した。
ティーカップがカチャンと音を立て、その近くにふわりと柔らかなパウダーピンクの髪が乱暴に散らばる。
アレットは呆れた表情を浮かべ、風で髪が紅茶に浸らないよう、丁寧にそれをテーブルの外に追い出していく。
そうして髪を払い終えると、テーブルに伏せたままの友人に言葉を続けた。
「まず貴女の言う想い人は、身分違いの恋もしていなければ、婚約者候補としてお見合いをしたというだけでしょう? お相手の方に恋心があるわけではないのだから、恋の相談役にはならないでしょうに」
「で、でもねアレット。そのご令嬢と会った後、ダニエルは前向きにお相手の方と仲良くなりたいと言っていたの。つまりそれは、恋の始まりでは……」
フルールは俯きながら泣き言を漏らしている。
アネットは静かにテーブルの上のお菓子をフルールの前に差し出した。
ピンクの頭がむくりと擡げる。
赤みの強い茶色の瞳が視界にそれを捉え、しょんぼりとした顔で、だがしっかり誘惑に吊られたらしく、もそもそとお菓子を食べ出した。
アレットは頬に手を当て、過去を思い返すように遠くへと目をやる。
「わたくし達、幼馴染として友達の時間が長すぎたのよ。ダニエルはフルールのことを妹のようにしか思っていないでしょうし、貴女だってダニエルにそんな素振り一度もしたことがなかったでしょう?」
「あうぅ……」
お菓子を掴んでいた手はパタリと落ちる。
フルールはずーんと沈んでしまい、再びテーブルに突っ伏したまま動かなくなってしまった。
そんな貴族令嬢らしからぬ様子に「いい加減はしたなくてよ」とアレットが注意すると、フルールは肩を下げたまま顔を上げ、背筋を伸ばしたのだった。
フルールとアレット、そしてフルールの想い人として浮上したダニエル・ベクレル侯爵令息は幼馴染である。
シャリエ侯爵家とベクレル侯爵家は事業で提携しているため仲が良く、シャリエ侯爵家の領地と隣接した領地を保有しているメルレ伯爵家も何かと関わりが多かった。
そのため、物心がつく頃にはその中間に位置するアレットの居るシャリエ家に集まって、三人で遊んだり勉強したりして共に育ってきた。
同い年だというのに、昔からハキハキとしていてしっかり者のアレットと、頼り甲斐があって優しいダニエル。
それに比べるとフルールはどうにも地に足がついていないような、ぼうっとした危なっかしさのある少女だった。
二人にそれぞれの手を握られ引っ張ってもらえていたから、こうして一緒に同じ学園に通うことが出来ているとフルールは常々思っている。
幼い頃はずっとこうして三人一緒に居られるのだと、信じて疑わなかった。
フルール達の暮らすリトアルライヒ国は、周辺諸国に比べると貴族の恋愛結婚に寛容な国と言える。
というのも、数世代前の王女殿下が政略結婚で嫁がれる際、揉めに揉めたらしいのだ。
「何故国のため民のためと尽くしてきて、好いてもいないどころか相性が悪いと分かっている相手に嫁がなくてはいけませんの!?」
と、普段穏やかで心優しい王女殿下のご乱心ぶりに、目撃者全員が慄き、噂は瞬く間に駆け巡っていったという。
その一件があったからか、家との繋がりや利益ばかりを子に押し付けるのは良くないと、結婚への考え方が変わっていったそうだ。
そのため、本人の精神年齢がある程度成熟し、相手と寄り添っていけるか判断が出来るようになってから、婚約や結婚の話が進められるようになった。
政略結婚をさせるにしても、必ずお見合いなどで話す場を設け、お互いを知る時間と機会を与えてから……というのが暗黙の了解となっている。
どの家もお見合いや婚約の話が上がり始めるのは、十歳になり子供サロンに通い出す頃か、十二歳になり学園に入学する前後くらい。
多くの令息令嬢は見合い話を持ち出されるより前に、運命の出会いを果たしたいと期待しながら子供サロンや学園に通っているのだ。
ずっとこのままでは居られない。
成長していくにつれ、頭の何処かでは分かっていた。
けれど学園に通い、一年を過ぎても三人の距離はこれまでと何ら変わらなかった。
だからフルールは何かが変わっていく実感など、微塵もなかったのだ。
二年に進級してすぐ、ダニエルからお見合いの話を聞かされるまでは。
その話をダニエルから直接聞かされ、アレットは笑ってダニエルを冷やかしていたけれど、フルールは何も言えず固まっていた。
その時になって気が付いたのだ。
自分にとってダニエルが、どれほどかけがえのない存在だったのかを――。
アレットが言った通り、気のある素振りなんて一度もしたことがなかった。
そもそもフルール本人が気付いてすらいなかったのだから、素振りも何もあるはずがない。
この気持ちは恋心なのでは?と思い至った途端、その気持ちを摘み取れと言われたようなものだった。
「それでもわたくし、ダニエルとこれまで通りで居られなくなるのは嫌なの……」
きゅっと唇を結んで悲しげに目を伏せるフルールに、アレットは厳しい言葉を投げかける。
「だから彼女達の話のように、恋の相談役になるの? 自分の想っている相手が別の方を想っている話を聞くだなんて、何の拷問なのかしら? あの方達も言っていたでしょう。ご令嬢のことを『可哀想』だと。ダニエルが他の令嬢に心を向けているところを見て、そんな話を聞かされて、貴女は堪えられる?」
アレットの言葉はもっともで、厳しいようだがそれはフルールを思っての言葉だった。
フルールもそれを分かっていて、それでも小さく頷く。
「けれど、このまま何もせずに居て、もし本当にダニエルから婚約が決まったと言われたら、わたくしはきっと笑って祝ってあげられないと思うの。わたくし、そんな嫌な女にはなりたくない……。わたくしはダニエルにもアレットにも幸せになってほしいし、幸せを祝ってあげたいのよ」
「フルール……」
「だからわたくし、彼の恋の相談役になってみるわ。そもそも恥ずかしがって、わたくしに何も言ってくれないかもしれないけれど」
フルールはそう言って苦笑交じりに笑みを浮かべると、席を立った。
アレットは心配そうにフルールを見上げる。
「鉄は熱いうちに打てと言うものね。せっかくだから、今からダニエルのところに行ってみるわ」
「ちょっと、フルール!」
アレットの引き止める声を振り切って、フルールは東風と共にパタパタと走り去っていく。
その背中をアレットは苦しげな表情で見送っていた。
「……わたくしにまで無理して笑わなくてもいいのよ、おばか」
アレットの呟きは周りで談笑する令息令嬢達の声に掻き消され、誰にも聞かれることはなかった。
お読みくださり、ありがとうございます!!
フルールちゃんの天然っぷりは話が進めば進むほど感じられ、墓穴に流砂に底なし沼に……全力で嵌りにいってくれます。
お楽しみいただけますと幸いです( .ˬ.)"
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