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河口湖

 瑠璃子と春仁は河口湖駅に着くと、河口湖がよく見える場所を探しながら歩いていた。

「ここならよく見えますね」

 瑠璃子は春仁にそう言うと、春仁も瑠璃子を見ながら頷いた。春仁の額からは汗が見え、肌寒く感じていた瑠璃子はそこに男女の違いを密かに感じていた。

 空は暑い雲に覆われ、雨が降りそうなほどの曇り空であった。そのおかげで富士は姿を見せず、瑠璃子と春仁はどこに富士山があるのかと周りを見渡したりした。

 瑠璃子は自分の生まれた故郷に戻り、どこか懐かしいものを感じていた。それはきっとここが自分の生まれた場所だと思っているからであり、もし、ここをただの観光で訪れたならきっとこんな思いは持たないのだろうと思った。

 現金なもので、恐らく自分の生まれた場所が外国だったとしてもこんな思いを持つに違いない。

「瑠璃子はここで生まれたんだ」

 春仁はそう言って、街を見回していた。

「私にも記憶はないのでなんとも、でも私自身は私を迎えに来たような感じがします。やはり故郷だからでしょうか?」

「きっと故郷だからだね」

 春仁はそう言いながら、河口湖を見て立ち止まった。

 目の前には河口湖と大橋が望めた。

「とりあえず、温泉に行こうか」

「はい」

 二人はタクシーに乗り込むと、近くにある温泉へと向かった。河口湖を後にする時に、瑠璃子は河口湖を見ると共に春仁の横顔を見た。端正な顔立ちは悩みを抱えているように見えた。だが、実際は何も考えていないとその後に春仁は瑠璃子にそう言っていた。

 温泉に着くと、春仁と別れ、瑠璃子は一人で湯船へと向かった。

 服を脱ぎ、大浴場へと入ると人はいるが多くはなかった。天井は2階突き抜けの木の作りをしており、瑠璃子はそれが気に入った。

 自身の胸を押さえるように歩き、体を隅々まで洗った。

 露天風呂がそこにはあり、露天風呂は雨こそ降らないものの、冷たい風が細かく吹き、瑠璃子は体を湯から出さず、露天風呂にある庭園を眺めていた。瑠璃子の視線の先には蜘蛛の巣があり、そこのすぐ近くの葉が緑から黄が入り混じり、秋の初めを見せていた。

 紅葉が見頃になったら、どこかにまた行けるかと瑠璃子は思いを馳せながら葉を絡ませる蜘蛛の巣を見ていた。

 温泉に上がると、春仁は休憩室の椅子に座っており、遠くから春仁の姿を見つけた瑠璃子は待たせてしまったと思い、小走りで向かった。

「ごめんなさい、待たせてしまいました?」

「いや、僕は今上がったところだよ」

 春仁はそう言いながら、瑠璃子に座るよう勧めた。

 瑠璃子は春仁の隣に座った。そして無意識に瑠璃子の左肩が春仁の右肩に当たっていた。だが、そのまま甘えるようにして、瑠璃子は春仁に寄りかかるようにしていた。

「温泉は気持ちいいね」

「はい、久し振りでしたので、眠くなってました」

 瑠璃子は今でも眠くはあった。

「今度は草津にでも行きたいね」

「是非」

 瑠璃子はその言葉を期待を込めて言った。

           ・

 夜はコテージに泊まることになった。

 富士の足先にある場所で、夜も冷え込むものと思われた。

 夕食を終えた二人は部屋の中におり、窓からは夜の闇に霧が白く濁ったように映っていた。

 二人の前にあるテーブルには甲州のワインがあり、瑠璃子は二杯目に入っていた。酒があまり強くない瑠璃子は一杯飲んだだけで顔を赤くし、二杯目は春仁に止められたものの、グラスに注いでしまった。

 春仁は瑠璃子が眠くなるのを待っていたが、瑠璃子は酔いながらも眠ることはなく、甘くなった目を春仁に向けるばかりであった。

 春仁は瑠璃子が自分を誘っているのがわかっていたが、敢えて、セックスをしないようにしていた。

 最近は二人と体を重ねる事が少なくなっていることは春仁に取っても、気になっていた事であり、瑠璃子に申し訳ない気持ちを普段から持っていた。だからこそ、そんな大事なことを酒の力を借りてするものではないと従来の生真面目さが春仁を縛り付けていた。

 だが、瑠璃子は春仁の腕に体をくっつけると、ワインを口にしながら、その吐息を聞かせるようにしていた。

 春仁はそれを無視しながら気がつけばワインを三杯を程飲み干し、ボトルは空になっていた。春仁自身も酔いが回り始め、瑠璃子とセックスをしてもいいのではないかと思い始めていた。

 そしてふとした時に、春仁は体をわざと崩し、倒れたように横になった。それは瑠璃子への初めてもいいという合図であり、瑠璃子は上着を脱ぎ始めた。

 だが、その途中で、瑠璃子は手を止め、春仁を上から覗き込むように見た。

「寝室の方へ行きませんか?」

 瑠璃子はそのままソファから降りると、じっと春仁を待つようにして立っていた。

 春仁も同じようにソファから降りると、瑠璃子の手を繋ぎ、寝室へと誘導した。そして電気は少しずつ消えていくようになった。

           ・

 朝になり、目を覚まして起きると、朝は流石に夜よりも寒く、瑠璃子はお湯を沸かして珈琲を作った。

 外は昨日の夜よりも霧がかかっているのがよくわかり、ウッドデッキに腰をかけるとその霧を眺めた。

 雨音がするが、雨は降っていないようだった。瑠璃子は近くの周りを軽く散歩したが、霧雨すらなく、この雨音はどこから鳴っているのだろうと思った。

 昨日の夜にはわからなかった小川も朝になるとよく見え、小さな川の流れが瑠璃子の目には美しく映った。

 春仁との夜のセックスを思い出そうとすると、断片的な記憶から何をしたかと散り散りになった記憶が蘇り、それを順序に組み合わせていった。そうすることで、昨日は特別なことはしない前と同じような変わらないセックスを行っていた。

 だが、久し振りなことであったので、その快感を思い出すとこの時でもまた求めたくなるほどであった。

 嫌だな私と自分の中で呟くと、強姦を行ったような心持ちになりつつあった。そしてその心持ちを少しでも消そうと、強引に迫る少しばかりの春仁を思い出し、自分は受けなのであると思った。

 雨音は自然に強くなるが、濡れることはなく、瑠璃子はコテージへと戻っていった。

 コテージに戻るとまだ春仁は眠りについており、起こさないようにそっと彼の隣に行き、再び眠りに入った。

 春仁と体を重ねたことは春仁の体を間近で拝見すると嫌でも甦った。

 これが強姦であったならば私はきっとPTSDに悩まされるのだろうと呑気な酷いことを考えていた。

           ・

 その後、二人は起きて、コテージをチェックアウトした。昼食は御坂峠にあるほうとうの店に決まった。

 ほうとうの店へはバスに乗り、曲がりくねった道を何度も登り、十五分程して着く場所であった。富士が見えると評判な店であるがその日は霧雨や霧が強く、富士はやはり姿を見せなかった。

「見えないですね」

 瑠璃子がそう言うと、春仁は頷き、瑠璃子の肩を抱いた。

「寒くないかい?」

「少し....」

 瑠璃子は半袖に上着を着ており、山の上では寒く感じるものだった。瑠璃子の白い息が霧と同化した。

「僕の上着を貸すよ。僕は下は長袖だから」

 まだ九月の終わりで夏の姿は東京ではまだ残しているのにと瑠璃子は思った。ここでは秋から冬になりつつあるのだろう。

 十五畳の広間の真ん中の窓際に二人は通された。窓は常に空いているので、風は休みなく入ってくるが、寒いとはあまり感じなかった。

 ここは文豪が滞在したと言う場所でもあり、あまり本を読まない春仁もその雰囲気を感じ取り、この時ばかりは彼が物書きのように見えた。

 瑠璃子はそんな春仁をかわいらしく思った。

 そしてそう言えばと瑠璃子は思い出した。

「春仁さん、ここに滞在した、小説家の方は三鷹にも住んでいたそうですよ。家からも近いのかもしれませんね」

「へえ、そうなんだ。詳しいね」

 瑠璃子はこの旅行のために調べ物をしていた。時間がある瑠璃子にはそれが退屈潰しなのであった。

 この旅館の際に、瑠璃子は父に生まれ故郷である山梨についていくつか聞いておくことがあり、春仁と不在の昼間に父の元を訪ねていた。

 瑠璃子は山梨の河口に生まれたこと、そして親戚などは山梨にはもういないと言うことを父から教えてもらった。

 ほうとうを食べ終わり、御坂峠を後にすると、二人は前日に訪れた河口湖へと来た。

 やはり見えるはずの富士山は見えず、二人はロープウェイで山の上に行くことにした。

 山の上ならば富士の姿は見えなくとも、その美しい山梨の街並みを眺めることはできるだろうと思っていたのだ。

 山頂では河口湖を始め、河口湖町の全体が望めた。

 山に囲まれているせいか、海に囲まれている島とは違う壁に挟まれているかのような閉鎖した感じが街には存在した。

 瑠璃子はそれを箱入り娘を見るような、そして、不憫だと思うような気持ちでいた。

「あら、あれは天上の鐘?」

「恋愛成就の御利益がある場所のようだね。どうだい瑠璃子、少し鐘を鳴らしてみるかい?」

 瑠璃子は既に結婚しているのだからと思ったが、これからの生涯を共にするために鐘を鳴らすのもいいと思った。また、家族であるならば無病息災の御利益があると言う。むしろ自分達は無病息災を祈るべきでないのかと思ったが、新婚旅行なので恋愛成就は縁起がいいのかもしれないと思った、

 そして二人で天上の鐘を鳴らし、瑠璃子と春仁は笑い合った。

「きっと僕らは幸せになれるよ」

 瑠璃子は何も言わずに春仁と顔を見つめていた。

 そして山から見える河口湖の街を何度も行ったり来たりと見渡した。

「あの街の中で瑠璃子は生まれたんだね」

「ええ、だって私の故郷ですから」

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