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97話 ~3章~ 唇が重なる予感

 クロエと城に戻る途中、三百階段(さんびゃくかいだん)の中ほどでティントア&フーディに会った。


 これから街に出て例の買い食い行進だそうだ。


 今の六王連合は金なし冒険者なのであまり豪遊も出来ないだろうが……。

 まあ午前中の俺たちと同じで騎王国の街を見て回りたい、というのも目的だろう。


 話を聞くとカトレアも酔いが覚めてシャッキリしているらしい。

 今回は軽めで済んで良かったな。


「この……階段、やっぱりしんどいんだね……」


 三百階段は建国当初からある古い階段だ。

 補修の跡はそこかしこに見受けられるが、最近に作られた一般的な階段と比べて登りやすいとは言えない。


「あ、そうか。カトレアに背負われてたもんな。今はじめて自分で登ってるわけだ」


「そうそう、いや~カトレアには悪いことしちゃったかなぁ?」


 白々しい声だ。


「あれってやっぱイカサマ?」


 前を行くクロエが悪戯な顔で振り返る。


「フフ……実はね、細い髪をカトレアの手にこっそり巻き付けてたんだ。グーチョキパーのどれ出すか触った感じで予測できるの」


 クロエの髪は手の延長のように触覚を備えているのだ。

 銀髪を操れるのもそれが理由かも知れないな。


「後でバレたら仕返しが怖そうだな……」


「言わないでよ~? ヴィゴにしか言ってないから、バレたらヴィゴって分かるんだからね」


「言わないけど、カトレアなら予測してきそうな気もするけどな……」


「……誘導尋問(ゆうどうじんもん)とか上手そうだよね……気を付けよっと」


 うんうん。

 仕返しとか好きそうなイメージがある。


 階段を登るクロエのペースが落ちてきたので背を押してあげて三百段を登り切る。


 さて、どうするか。

 部屋に戻るか図書室でも行くか。


 クロエとそう話す途中にふと気になって訓練場を覗いてみたくなった。


 行けば案の定、真っ赤な髪の男が訓練に参加している。


 しかも珍しいことに木剣を手にして騎士と打ち合っているのだ。


「見てヴィゴ。アッシュが剣もってるよ。わたし初めて見たかも」


「俺も初めてだな」


「お、お互い初めてなんてドキドキしちゃうね?」


 いやぁ? 全然しませんけどねぇ?


「剣術の事とか習ってるのかもな。アッシュは強くなることに対して余念がない」


「ヴィゴは行って来ないの?」


 うーん。

 俺とアッシュじゃタイプが違うからなぁ。


 面と向かって切った張ったをする奴が戦闘経験を積むのは納得だ。

 とにかく場数を踏むというのは、更なる強者へ至る道の一つだろう。



 俺はと言うと、全く無関係ではないがアッシュほどピンポイントではないと思うのだ。

 俺の得意は隠遁術と暗殺術である。


 人を排除するために必要な最低限の筋力・速度は、たぶん足りていると思う。

 であれば壁を破るのに必要な事は、更に上手く隠れる技術だと思うのだ。


 そういう事を話すと「かくれんぼでもする?」と返ってきた。


「いや、逆に練習にならない」


 俺は今のスタイルを得るために体術を修めた(正確に言うと過去に修めていた、だな)


 その過程があるからアッシュと腕比べが出来るわけだが、他の皆は隠遁・隠密について学んだこと等ないはずだ。


「大した苦労もなく隠れ切る自信しかない」


 驕りは一切ない。

 事実として伝えたが、クロエは反対に勝ち気な顔をしていた。


「言い切るね。じゃあ勝負しようよ。かくれんぼ勝負!」


「いいよ。俺が負けたら何でもしてあげる」


「何でも……?」と、クロエが生唾を飲み込む。


「そう、なんでもしてあげる。クロエが望むことを好きなだけ、飽きるまで、気が済むまで、ね」


「約束だよ!? それゼッタイ約束だからね!? ちょっといま証人つれてくるから!!」


 ガチすぎるだろ。


 証人って?

 そう思っていたら剣を片手に暴れまわっていたアッシュを強引に引っ張って来て事の経緯を話すのだった。


「お前らイチャつくのは勝手だがな、俺の修行の邪魔をすんなよなァ……」


 やれやれ、といった顔をするアッシュは珍しい。

 大抵こちらがその顔をお前に見せているのだ。


「ほんじゃ、クロエがヴィゴにかくれんんぼで勝ったら、何でもいう事を聞くこと。はい、これでオッケーな? んじゃ俺もどるからな?」


 まったくよぉ、とブツブツ言いながらアッシュがさっさと帰っていく。


「いいんだよね? 本当に好きにするからね? 具体的に言っちゃうと……いや、もう言わなくても分かるよね? 分かってるよね?!?!」


 ああ、何を考えているかくらいその表情を見ていたら分かる。


「ヴィゴの●●●を一晩中●●●してから●●●するからね?」


 言うんかい!! しかも具体的すぎる!!


「……うん。まあ、その、何でも大丈夫」


「よぉおっし!! いつでも来い!! 十まで数えればいいの!? はやく始めよ!」


 すっごい勢いだ。ちょっと怖いまである。


 俺は一歩、ゆっくりとクロエに近づく。


「数えなくていいよ。クロエが俺を見失ったらスタート」


「見失ったら……って? じゃあ、ずっと見ててもいいの?」


 いいとも。目を開けていられるならね。


 クロエに至近距離まで近づく。


 隠遁術とは人の注意を操る術でもある。

 つまり何でも利用するのだ。


 クロエの肩に手を置いて体を引き寄せる。


 顔を背けないように手でそっと押さえれば、クロエなら期待する。

 近付く顔に、はっとして息を飲む。


 唇が重なる、そんな予感がしたのなら、彼女なら思わず目を瞑る。


 心すら利用しよう。


 それが隠遁術だ。

 隙を生むためなら、いくらでも騙すさ。


 クロエの視界が暗転して数秒、それは俺にとって十分な猶予だった。


 かくれんぼを真似して「もういいよ」と返してあげたら、はっとして目を開けるのだった。


「ッ……ヴィゴ~っ! 絶対ゼッタイ見つけるからね!!」


 騙された事と恥ずかしかった事、その他の色んな感情が混じって耳まで真っ赤になっている。


「見つけ次第してやる! 五時間くらい! 舌ねじ込む!」


 酸欠になって死にそうだな。


 俺は潜影法師(せんえいぼうし)を使って自分の影に隠れていた。

 鐘楼(しょうろう)が作り出した日陰、その中に自分の影を重ねている。


 近づいて目を凝らせば影の濃淡がようやく分かるかも知れない。

 それくらいの違和感しかないはずだ。


 クロエがばさりと髪を展開する。


 六王連合でかくれんぼ勝負をしたとして、見つけるのが上手いのはアッシュの次にクロエだろうな。触覚を持ち、広範囲に伸ばせる髪を操って手あたり次第に触っていけばいい。


 だが、影に触られたとしてそれでどうなるというのか。


 現にクロエの髪は俺の影法師(かげぼうし)に何度も触れているが一向に反応がない。


 かくれんぼ勝負にアッシュが居たとしたら少し面倒だった。

 アイツは鼻が利くからな。


 とは言え、俺に向かってかくれんぼ勝負を挑むのがどういうことかと言えば、アッシュに腕相撲で勝つくらい無茶なことだ。他に例えるならティントアと死霊術で勝負するとか、つまり無謀と言って差し支えないのである。


 訓練場をあらかた触り終えたクロエは猛ダッシュで次の場所に向かっていった。


 グッバイ、クロエ!


 潜影法師(せんえいぼうし)を解除して影から這い出る。

 便利な技だが魔力の消費が大きいのだ。


 クロエの気配も遠くに行ったし、もう大丈夫だろう。


 ……暇になったな。

 訓練場の隅からアッシュの修行風景でも見物するか。


 今はエレンイェルに剣を教わっているようだ。

 けっこう様になってきたようだが、徒手空拳のいつものスタイルと比べればまだまだ荒い。


「アッシュさん! また手だけで剣を振ってますよ!」


「くっそ~、力むとこうなるんだよなァ。正騎士じゃない奴にはもう負けねェんだけどな」


 成長が早いな。

 もしかして急に剣術に目覚めたんだろうか。


「結局のところ、剣を持っていたとしても体全体を使うことが重要です! 肩、肘、手首を綺麗に連動させて振り抜く。そして、その前段階の足捌き、腰の切り方も大切ですよ? 無手で戦う時と同じなんです」


「頭じゃ分かってんだけどなァ……エレンイェルくらいの相手だと咄嗟の時には、どうしても剣にばっか意識が向いちまう」


「その辺は反復して体を慣らすしかないですね! ですが、基本的な身体能力の高さと勘の良さが凄まじいです。本格的に剣を持ってみてもいいんじゃないですか?」


「いや、あくまで剣士を相手にする練習だ。つーか手の方が便利だと思うぜ? 

 手刀は剣になる。抜き手は槍。握ったゲンコツは石だ。ま~俺が握り込めば黒鉄(くろがね)になるんだけどな!」


 その王の握り(こぶし)黒鉄(くろがね)の如く……ってのが異名の由来なのだろうか。

 

 俺は(なばり)の王と呼ばれていたそうだが、他の皆も能力や性質を考えれば納得の異名ばかりだ。そのうち俺たちの正体というか、どうして蘇生されたのか、分かる日が来るんだろうか?


 ぼんやり考えながら訓練場を後にした。

 

 カトレアも二日酔いから復活したそうだし、パーティの方針について話しておいた方がいい。


 酒に酔っていない限りは時間を無駄にしない彼女のことなので、今頃は調べ物でもしているんじゃなかろうか、そういうことで図書室へ足を向けるのだった。

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