94話 ~3章~ 黄金竜アンカラド
さすが大国、騎王国の食客は好待遇だった。
豪勢な食事、整った調度品の数々に囲まれながら美酒を振舞われ、風呂上りには新品の服まで頂いてしまった。
仕立ての良い白いシャツは滑らかな質感で、着ているだけで良家の子息に見えるかも知れないな。
「では、お話しますね!」
人差し指とピンと立て、竜について教えてくれるエレンイェルは可愛かった。
小さな先生が張り切っている絵面だな。
「黄金の竜……その名は、アンカラドと言います」
名付きの竜か……。
納得だ。
竜は強力な生物だ。この世には人間を含めてたくさんの者が生きているが、生物の種として最も強いのは? という問いがあれば、多くが竜と答えるかも知れない。
竜はほとんどの場合、非常に寿命が長い。
人に被害を及ぼし、注意、警戒、観測の対象となれば名前がつけられる長命・強力な個体も居る。
それが今回の竜、黄金竜アンカラドと言うわけだ。
「竜は、以前どこに出没していましたか?」
竜種や名付きの知識についてはカトレアも含め、俺たちの認識に不足はないようだ。こういう古めかしい知識については何故か全員が知っていたりするんだよな……。
「約五十年前に教国エドナに出たそうです。うちの図書室にも記録がありました」
エレンイェルが当時の出来事を要約する。
突如として飛来した黄金竜アンカラドは教国エドナの宝物を求めてやってきたらしい。
人語を介し、当時のエドナ教の教皇に『命が欲しくば宝を差し出せ』と言ったそうだ。
三日三晩に渡る竜と教国との闘い。
あまりに突然の出来事に教国四商連盟の援軍も間に合わず、結局、教皇の放った退竜の魔術によってアンカラドは敗走したのだった。
結末についてティントアが驚きの声を口にする。
「退竜魔術って、凄いな。教国はそんな秘術まで持っているのか……」
言葉を返すエレンイェルは得意げだった。
「教国四商の中で最も古い国ですからね! そういったピンポイントな魔術はいくつかあるって、陛下が言ってました」
「教国に使者を送って退竜魔術を習うことは難しかったのですか?」
カトレアの疑問は最もだ。
まあ、大方は予想がつくし、カトレアも確認で聞いただけだろう。
「はい、過去の事例からそれも考えたんですけど、退竜魔術は血の為せる術だそうで……加えてエドナ神への厚い信仰も必要なので、手順を教えてもらってもどうしたって難しいそうです」
予想通りの話の落ちだったな。
マーキル教皇の蘇生術もそういった代物だろうし、属人化している秘術は多いのだろう。
「教国より以前の出没歴はどうですか?」
「うちにある書物では、詳細までは書かれていなかったです。大陸中央の四か国は密に連携しているので教国の一件も分かったんですけどね……でも、チラホラとは出没してるみたいですよ。黄金竜の見た目と一致しているような竜の目撃ですとか……ですがそれも何十年も前で、遠方の国なので、騎王国まで詳しい話が届いていないみたいです」
「なるほど」とカトレアが呟く。
記録から対策を得るのは難しそうですねヴィゴくん、と目で会話をする。
その他も様々な事をエレンイェルに質問した。
騎士の攻撃がどれほど効いたのか? と俺が問うたが、正騎士試験の闘技広場に降り立った竜は素早く、一瞬の出来事で一太刀を浴びせることすら出来なかったらしい。
騎王アラソルディンは寝ており、騎士長アラゴルスタンは都市の外、エレンイェルは居合わせたのだが、その時の配置が悪く、どうにか飛び立つ竜に弓を射かけたが、アンカラドはこちらを見もせず尻尾の一振りで簡単に矢を弾いてみせたらしい。
「アタシはあんまり弓が得意じゃないので、有効かどうかは……ちょっと分かんない感じです」
へにゃ、と眉を下げるエレンイェルだったが、その場に居て反応できたのはエルフの少女ただ一人だったそうで、そんなに肩身を狭くしないでもいいんじゃないかと思う。
アッシュが興味津々で竜の見た目について聞いた。
「どんくらいのデカさなんだよ? アンタらのは」
アンカラドだよ。
アンタらのデカさって何だよ。
「アンタらのは……じゃなかった、アンカラドはちょっとしたお屋敷くらいは大きいです。あの大きな体で、アタシも含めてほとんど反応できなかったくらい素早い……寝ている陛下も起こさないほど静かに飛ぶんです。……まあ陛下は耳元で叫んでも起きなかったりするんですけどね!」
アハハ~と笑うエレンイェルであったが、旅人の俺たちに自分とこの王のそんな話をして良いのだろうか。まあ、たぶんアラソルディンにも可愛がられてそうだし平気か。
今度はフーディが気になっていたことを聞いた。
「ちょっと変なこと聞くんだけどさ、竜ってどのくらい見る?」
「えーと、どのくらい……と言いますと?」
「んとね、五十年前に教国に来たんだよね? なんて言うのかな……竜ってレアだよね? って話かな。あんまり竜に会わないのかな~って」
「あ、なるほど。出没の頻度みたいなことですか?」
「そうそう! それ!」
フーディの言った事で、俺も思い出した感覚がある。
俺の知識では、竜はもう少し身近な存在だった。
五十年前に教国を襲撃。
それ以降は遠方でチラホラ……そんなにも出会わない生物の認識は無かった。
「そうですねぇ~……私も竜にそこまで詳しくないのですが、五十年に教国に出たのも本当に久々らしいですよ。それ以降の教国四商では百年以上は確認ないかも? みたいなのを聞いたくらいですし」
ふむ。
何とも時代を感じる話だ。
エルフのこともそうだし、竜についても同じく、俺たちの生きた王の時代より数を減らしていると見て良さそうだ。かつてエルフの時代があり、竜の脅威に怯え、そして今はニンゲンの時代と言えばいいのか。
特に大陸中央の四大国は人の領域と言っていいだろう。
強大なる竜の力も、種で比べた時の数の差は埋めがたいのかも知れないな。
その後もあれこれ、竜のことからエレンイェルの事まで聞いて時間が過ぎ、ふとした時にカトレアは酒に酔っていたのだった。
付き合わされたアッシュとティントアもべろべろである。
「オラァァン! 朝まで飲むぞコラ!」
「そうれすよアッシュくん! もうずっと飲んじゃいらすからね!!」
「俺は! 黄金人間ティントア竜! 酒を飲む者!」
う~ん、このスチャラカ人間どもめ。
まあ明日から急に竜退治に行くわけでもないし、別にいいか。
俺は滅多な事で深酒はしない。
特にこういう初めての場所では酔うまで飲めないのだ。
クロエがほろ酔いで席を立つ。
「じゃあ~わたしお風呂行くけど……ヴィゴ……」
覗かねえよ。その台詞を準備していたら逆だった。
「覗かないでね?」
「えっ……だっ……ダメなの?」
しまった。
これではとんだスケベ野郎である。
いつも「覗いていいよ」がクロエの十八番だったのに、そんなフェイントがあるとは思わなかった。ダメと言われれば何だか急に覗きたくなる……少し、エレンイェルからの視線が痛い。
「ねーヴィゴ~、探検しよーよ! ティントア酔っぱらっちゃってんだもーん!!」
フンフン言いながらフーディが怒っている。
そういやティントアと城を探検する約束をしていたな。
黄金人間ティントア竜は、鼻に豆を入れてアッシュにぶつける遊びで忙しそうなので探検はちょっと難しそうだな。「俺に豆は効かねぇ!」という叫び声とカトレアの笑い声が響いている。
「じゃあアタシが案内しますよ!」
ということでお城の探検が始まったのだった。
どういうわけだかエレンイェルは昼間の時のように俺の手を引く。
いつの間にか空いた方の手もフーディが握っており、子供二人に引っ張られていく図が出来ているのだった。何だろうか、凄く楽しい。
エレンイェルだったら旅の仲間になってくれても大歓迎だな、とは思ったが、クロエがしばらく荒れるだろうな~とも思ったのだった。




