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93話 ~3章~ 隠の王 VS 黒鉄の王

 十本勝負で言うのなら俺が四本、アッシュが六本。


 そういう塩梅(あんばい)の試合内容だった。


 とはいえ一本ずつで勝負を区切っているわけではないので中身はもっと複雑だ。


 被弾の数で言うのなら、俺が二発殴る間に、アッシュは三発殴り返してくる感じか。


 お互いに荒い息を吐きながらもはや拳を構えるのも面倒な程は殴り合った。


「テメェ……ヴィゴ……本気でやれ! あの一瞬で消えるやつ使えよ!」


「……瞬断一足(しゅんだんいっそく)なら何度も使ってるだろ」


「アホか! そっちじゃねえ。新技の方だろうが!」


「これだけ観客がいて使えるかよ……」


 アッシュが言っているのは潜影法師(せんえいぼうし)の事だ。

 瞬時に影へ身を沈める隠遁術。確かにそれがあれば戦況は変えられる。


 だが、エレンイェルが案内してくれた訓練場は、今や大勢の騎士が俺たちの組手を観戦している。


 戦う事に熱中し過ぎていたようで、気付けばかなりの数が俺たちを取り囲んで居たのだった。


「お前だって正拳烈火(せいけんれっか)を使わないだろ」


「それこそアホか! お前あれ喰らったらどうすんだよ! いいとこ当たったら死ぬぞ!?」


「当たるわけないだろ、あんな派手なだけのパンチにさ」


 消耗して体力の落ちたアッシュが俺の言葉に反応する。


「……いいのかよ? お前が良いなら俺は遠慮なく打つぜ?」


 一瞬で沸点へ到達する。

 アッシュの赤い瞳に宿る強い意志の炎が、俺を打ち倒さんと燃え盛る。


「死ぬなよ? いや、つーか死ね!」


 ここ一番、疲れ果てたはずのアッシュが今日一番の速さで突っ込んで来る。

 踏み込むための一歩目は爆発的な瞬発力だった。


 固い土の地面が大量に(えぐ)れ、続く二歩目でほとんど消えたと錯覚するような加速に到達する。


 戦いにおけるコイツは普段の馬鹿さ加減が嘘だと思えるほど多彩だ。


 拳の一つ、蹴りの一つに意味がある。


 いかに効率よく俺を動かし、アッシュがどれだけ楽をしつつ強力な一撃を見舞うか。

 相手をぶっ壊すことに全身全霊をつぎ込んでいる。


 今の突発的な突っ込み方も、俺の足運び、重心の配分を見抜いた上で詰めかけて来たのだ。


 距離を取ろうとほんの少しだけ踵に体重を乗せた隙を、アッシュが見逃す筈がない……俺はそう読んだ。


 組手が始まってから一度も使っていなかった黒弾逆巻(こくだんさかまき)を展開して投げる。


 アッシュは予期していたのか、それとも意に返さなかったのか構わず突き進んで来る。


 黒い(もや)が俺とアッシュの間で今までになく大きな広がりを見せ、密度が下がって薄まった。わざと広く展開し、そして薄めたのだ。その中で重ねて技を使う。


 ぼやける黒い(きり)の中で瞬断一足(しゅんだんいっそく)を使えば俺の姿は何重にも分身して見えることだろう。


 更に重ねて潜影法師(せんえいぼうし)を使う。


 十人、二十人と分身した俺は残像を残し、本体だけが影に潜む。

 これなら観客が居ようとも何が起こったか分からないはずだ。


 驚異的だったのはここからだ。

 影に沈む手前で俺の顔を、アッシュの拳が掠めたのだ。


 炎を帯び、破壊の全てを詰め合わせたような攻撃が轟音を残して去っていく。


 一瞬、本当に死んだかと思った。


 これだけの状況を揃えたと言うのに、どうしてここまで正確に俺を捉えることが出来たのか、コイツの精密過ぎる感覚が恐ろしい。


 だが、この一本だけは俺が貰う!


 影がアッシュを通り過ぎ、背後に回った俺は首筋に手刀を軽く当てた。


 今、この一瞬だけは俺の勝ちだ。


「……クソっ! てめぇコラ! 誘いやがったなヴィゴ!」


 背後を取られたアッシュは悔しそうに吠えた。


正拳烈火(せいけんれっか)は派手だからな、紛れてかわすならここしかないと思った。お望み通りだろ? 潜影法師(せんえいぼうし)も使ってやったんだから」


「マジでお前……ほんっとにマジで騙し討ちの卑怯モンが……! もっかい勝負だコラ!!」


「いや、もう勘弁してくれ……俺はそろそろ限界だぞ……お前ほどは体力ないし」


「なに勝ってスッキリしてやがんだよ! こっから頑張って戦えば壁の正体が分かるかも知れねえだろうが! つーか俺が勝って終わりじゃねえと気が済まねえ! 構えろ!!」


「いやもう本当に無理、もう限界。というかトータルで見たらお前の方が勝ってるだろ? 最後だけ俺が綺麗に決めただけだ」


「スタイル的に俺が勝つのは普通だろうが! 一個でも負けたら意味ねーの! おら! 続きだ続き!」


 もう頼むから勘弁してくれ。

 最後の最後、ギリギリの中で魔力を総動員して一瞬で三発も技を発動したのだ。

 

 もう瞬断一足(しゅんだんいっそく)すら使えそうにないほど疲労困憊だ。


 地面に体を投げ出して空を見上げる俺をどうにか立たせようとするアッシュだったが、相手がスタミナ切れではどうしようもない。馬鹿でかい舌打ちと共に地面を蹴りつけるのだった。


 決着を迎え、観客の騎士たちが拍手と歓声を送ってくれる。

 騎王の元で培われる絶対的な価値の基準、それは言うまでも無く強さだろう。


 それを証明してみせた事で歓迎のムードが流れていた。


 白い鋼に青い装飾がなされた騎王国の鎧、その人群れの中から知った顔がひときわ手を叩きながら近寄ってくる。


 鋭い相貌の男、騎士長、アラゴルスタン殿下(でんか)だ。


「良いものを見せてもらった。血沸(ちわ)肉躍(にくおど)るとはまさにこのことだね。互いに配慮して得物なしでやり合っているのが勿体ない程だ」


「よお、アラゴルスタン。次はお前が相手してくれんのかよ? ヴィゴはもうバテちまってよォ」


「おいおい、焚きつけないでくれよ。せっかくあの場で僕も君も我慢したんだ。ここでやり合うなんて台無しもいいところさ。それに……話はついたんだ。形式上、君たちを食客(しょっかく)として迎えることにした。……ちょうど都合よく腕前も披露してくれたしね。これで外聞(がいぶん)も立ったはずさ」


 カトレアが一歩前に出て頭を下げた。


「アラゴルスタン殿下、先ほどは御身(おんみ)を存じ上げなかったとはいえ大変な失礼を……」


「形式は不要さ。父上も僕もそういった事は重要視しない。君たちは強いのだから胸を張っていれば良い。やりにくいだろうが、もっと砕けてくれて構わないよ」


「お心遣い、感謝致します」


 あぁそうなの? じゃあよろしくね! とはならないのがカトレアだ。


「えっ、あっ! 王子様!?」


 フーディはようやく先ほど会ったアラゴルスタンが騎王アラソルディンの王息(おうそく)だと理解したようだった。


 王子様、の響きに憧れがあったのか、フーディは目を輝かせながら握手して貰っていた。

 アラゴルスタンだから構わないが、他国の王室で似たようなことしないように後で教えてあげないとな。


「父上から聞いたのだけど、君らも黄金竜の討伐に加わってくれるのかい?」


 アラゴルスタンが俺たちを見まわしながら聞く。


「おう! 詳しい話はお前から聞いて判断しろってアラソルディンが言ってたな」


「助かるよ。黄金竜について僕から説明したいところなんだが……今日はまだ忙しくてね……エレン、君から話しておきなさい」


 エレンイェルが挙手注目の敬礼をして「分かりました!」とハキハキ答えた。


「君ら、宿はもう決めてあるのかな? 名目上は食客(しょっかく)だし、王城に部屋を用意することも出来るけど、どうする? 僕としては近いところに居てくれた方が嬉しい。アッシュとヴィゴさえ良ければ訓練に参加して欲しいんだ」


 なんという好待遇だろうか。


 今日のこの日に着いたばかりの旅人が食客として迎え入れられ、部屋まで与えてくれるのだ。強い事が価値を生む騎王国ならではの対応だな。


 運も良かった。


 正騎士エレンイェルに会い、騎士長アラゴルスタン殿下に会い、待合室では角竜剣術当主のヴィクトールに再会し、マーキル教皇からの書状を持って騎王アラソルディンに謁見した。


 偶然だが、物凄くスムーズな動線が引かれて居たのだ。


 王城に寝泊まりする話を有難く受けさせて貰う。


「お城に泊まれるの!?」

 と、フーディがわくわくしながらティントアに抱き着いている。


「夜になったら探検しよう」

 いやティントア、お前もそっち側なのか。


「では、僕はこれで失礼するよ。エレン、面識もあるようだし君が世話役になりなさい。何か仕事を抱えているなら他の者に振って構わない」


 エレンイェルが再び敬礼して元気に返事し、アラソルディンは他の騎士と仕事の話をしながら去っていった。討伐隊の編成など色々と忙しいのだろうな。


 エレンイェルがニコニコとしながら「よろしくお願いします!」とお辞儀する。


 俺としてはエレンイェルが世話役でとても嬉しい。

 クロエはやっぱり嫌そうな顔をしていた。

 

「さっそくお部屋にご案内しますね!」


 通された部屋は流石に宿屋の一室とは程遠い豪華さだった。


 城の高い位置にある部屋は見晴らしも良く、間取りも広く、家具も何もかも揃いに揃っている。


「お仕事の話は後の方がいいですかね? 皆さん疲れているでしょうし、一休みされて、ご飯の時にでも話しますか?」


 まあ、その方がいいか。


 着いたばかりで色々あって旅装から着替えもせぬまま王に謁見している。

 特に俺とアッシュは疲れ切っている。


 エレンイェルの提案通りに、まずは休ませて貰うことにしたのだった。

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